<今年のテーマ「All the World’s Futures」>2年の1度のアートの祭典「ベネチア・ビエンナーレ」に行ってみた


齋藤祐子[神奈川県内公立劇場勤務]

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今年の夏はベネチア・ビエンナーレにいこう、ということで夏のはじめのベネチアに行ってきた。

両替をした銀行の窓口で、ミラノは35度の暑さだそうですよ、と脅かされていたが、滞在中は1日も曇ることなく35度の酷暑続き。日焼け止めと帽子、脱水防止の水は必携だ。

まずはベネチア名物の水上バスに乗って、開館時間(10時)前に会場に。緑の濃い公園内の会場は多少涼しげなのだが、藪蚊も多い。涼しさのために手足を露出するなら、虫よけスプレー持参がおすすめだ。

チケットを購入し、会場見取り図の冊子とにらめっこしながら回り始める。酷暑の中、公園内に点在する半屋外の各国の展覧会場を回る美術展は、かなり辛いものがある。

今年のテーマは「All the World’s Futures」。ベネチア市内にも会場内にも、かっこよくデザインされたこの文字がフラッグや看板、ポスターなどに掲載されて点在し、ビエンナーレの象徴でありベネチア共和国の象徴でもある翼の生えたライオンのアイコンとともにこの美術の祭典をアピールしている。

なにしろ会場は広い。「ジャルディーニ」という各国別の展覧会場が点在するメイン会場だけでもかなりの広さ。さらにそこから徒歩で10分ほどのところには、「アーセナル」という昔の造船所を改装した別会場があり、細長い会場を数多くの仕切りで区切り、さまざまな作品が延々と展示されている。

行き止まりまでいくと、そこからは造船所のドックあとにある大きな野外作品があり、そこからさらに、水路を回り込んだ場所に中国やイタリアの作家の大きな展示会場が続く。またこの2会場とは別に、展覧会開催期間中、市内各地で関連展示や関連イベントも数多く開催される。すべてを網羅するのは1週間程度かかると考えたほうがよさそうだ。

1日でジャルディーニ、アーセナルの2会場すべてを回るのにはかなりの根性が必要だ。筆者はこれを強行したが、同好者がもっていたスマートフォンの万歩計は26000歩を軽く超え、最後のほうは作品を楽しむというより黙々とゴールをめざすマラソンランナーの気分となった。

慣れた人はジャルディーニのメイン会場だけでその年の傾向をさっとおさえて帰る、ということだが、それもありだろう。また、気負わずに楽しむなら、スマホ片手に気にいった作品をぱしゃりと撮り、そのあとにキャプションを撮る、というのがあとから混乱せずにビエンナーレを思い出せる楽しみ方のようだ。

これをやりつつ広大な会場を巡る達人たちに、「なるほどこうすればいいのか」と納得した。自分なりのフォトアルバムを作れば、その年の傾向もなんとなくわかろうというものだ。

会場内には、サンドイッチやサラダ、フルーツ、アイスクリームに飲み物などの共通メニューの売店が各所にあり、仮設のトイレとともに数は豊富で、歩き疲れたら随時休めるようになっている。物価高の欧州だけあって、日本のコンビニに比べればかなり割高だが、夏場は特に休みながら十分な水分補給をして回るほうがいいだろう。

ジャルディーニでは各国パビリオン(展覧会場)が点在しており、網羅しながら歩くには手元の会場図にチェックを入れつつ、ちょっとした印象を書き込みながら回るのがいいようだ。いくつか印象に残る展示といえば、赤い糸を会場内に張り巡らし、その先に使いこまれた鍵をつるした日本館の作品(作家:塩田千春)。

蜘蛛の巣のように張り巡らされた赤い糸の下には、風雪に耐えた小船が二艘置かれている。部屋全体が外光を取り入れて赤い色につつまれている。記念写真を取る人の多さからも人気が知れようというものだ。

そのほかカナダ館は展示会場自体をグロッサリー(雑貨店)のように変えてしまい、筆者は入り口を探してうろうろしてしまった。スタッフに呼び留められて、その偽、グロッサリーから入場して屋外にパイプを組んだ仮設会場の2階にのぼると、コインをはこぶ細長い樋が縦横に走り、コインを入れるとそれがといを伝ってからからと走る。

最後にはアクリルパネルに刺された釘の間にはさまってクジャクの羽のような模様を作るというものだった。ちょうど小さな子供がコインを入れたがって母親にねだっていた。そうして考えると現代美術の展覧会にしては親子連れも多いし、小さな子供もきていて日本ではあまり見かけない光景だ。

セルビア館では、複数の年代の書かれた壁の前に、泥だらけの国旗がそれぞれぼろきれのように積まれており、それがその年代に消滅した国家を象徴していた。シンプルでありながらその意味は明白で、かなりのインパクトがあった。

また、日本の作家では、早世した画家・石田徹夜の平面作品がジャルディーニのセントラル・パビリオン(特別企画展)に出展されており、独特の存在感を放っていた。

モーションピクチャーを使ってダンサーの動きをとらえ、日本のアニメのようなキャラクターにダンスを踊らせる凝った映像技術の作品(ドイツ館)もあった。シンプルなインタビュー映像のような作品でも、映像の見せ方、作り方には最新の技術や機材が使われ作りこまれているものが多くかった。現代美術の中で映像作品がある一定のボリュームを占めつつあることは間違いないだろう。

だが、筆者は一見チープに見えても手わざのあとが見える作品や、シンプルだが強いメッセージ性のある展示に惹かれた。やはりこれだけ現代美術の第一級の作品が一堂に会するとなると、まずは全体をみてまわろうとするために、どうしても1作品にかける鑑賞時間は短くなりがちである。

となると、最初の第一印象でインパクトがある、印象的で比較的わかりやすい作品が強いことになる。逆に時間をかけて意図や説明のキャプションを読みこんだり、最後まで見なければ作品の良し悪しのわからない長尺の映像作品は、少々不利になるのかもしれない。

日本でも越後妻有トリエンナーレという、美しい日本の里山の風景に、先鋭的な現代美術作品を点在させるというサイトスペシフィック(場所に合わせた特別な展示をいう)な展覧会があるが、ベネチアという歴史ある海運都市でのビエンナーレはまた別の意味合いを持つ。

13世紀からはじまる歴史遺産との新旧の対比の妙を味わえることも確かだが、それよりも歴史遺産やラグーナという水の都ならではの美しい風景や観光も楽しめ、食事もおいしい。アートの祭典に食傷しても、翌日にはまた別の楽しみが味わえるということだ。

1日で回るには膨大な展示作品の数だが、2年に一度、現代を色濃く反映した作品群をこれだけ一度に見て回れる機会はそれほど多くない。夜9時まで明るい欧州の夏には似合いの、それだけに根強い人気のあるイベントといえるのかもしれない。

 

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齋藤祐子

齋藤祐子(さいとう・ゆうこ) 1984年、筑波大学卒。現在、文化施設に勤務。文化政策や現代美術、落語等の分野に関心が深い。