<早大が不満なら他大学での審査は?>博士号取り消しの小保方氏「批判コメント」へのツッコミ


藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)/メディア学者]

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「STAP細胞」論文の撤回に端を発し、博士論文での盗用などが指摘されたことで、博士号の取り消しにまで発展した、いわゆる「小保方問題」。

取り消しになった元理化学研究所研究員・小保方晴子氏の博士論文は、1年間の猶予期間を経て、11月2日に改めて「取り消し」が授与元である早稲田大学から決定された。

決定を受けて、小保方氏は「学術成果とは関係ない取り消しありきの判定」と不快感をあらわにし、早稲田大学への批判コメントを発表した。

このコメントを読んで「小保方さんの反論・批判、なんかヘンだぞ?」と思った大学教員、研究機関の研究者は多いだろう。筆者もその一人だ。

筆者は小保方氏にはなんら恨みもなく、今さら批判しようとも思わない。同じの研究者ではあるが、分野も異なるので、細かいスタイルに様々な違いがあることも十分に理解している。もちろん、早稲田大学の審査システムが杜撰であったことにも大きな責任もあり、それに擁護の余地がないことも事実だ。

それでも今回の批判コメントを読む限り、小保方氏の早大批判スタンスは研究者の目からは「ツッコミどころ」が満載である。研究者に向けて弁明・説明すべきメッセージを、世論すなわち「非アカデミズム」に向けている点。そして、そこに理解と支援を求めているような姿勢で、何を期待しているのか。そんなことが学術研究の分野では何の効果も有さないことは本人も理解しているはずだ。

そこで、本稿では、小保方氏のコメント全文に対して、気になった点を「ツッコミ」として書いてみたい。一般的にはあまり馴染みのない学術研究、特に理工系のルールについて理解する一助として、軽い気持ちで読んでもらえれば幸いだ。

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<小保方原文>私は、学位論文について、実質的な審査対象論文と異なった初期構想時の論文を誤って提出したことに対し、

<ツッコミ>「誤って提出」は、通常、「誤って」とは思われない。提出されたものが「正本」である。もし本当に間違って提出したとすれば、一般的には「手続き不備」として不受理か、あるいは内容不十分として不合格となる。今回のように「再提出」となることの方が珍しい。特別措置となったのは早稲田大学は自らの指導不行き届きをという非を認めたからであろう。

<小保方原文>論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えて頂きました。

<ツッコミ>今回が特別的な措置であることを理解している点は重要だ。しかし、現実的には、こういった流れで再審査がなされることは異例中の異例である。そもそも剥奪された博士論文に「リベンジ」が与えられるという事例は聞いたことがない。99%ぐらいの確率で不合格になるであろうが、「万が一の可能性も考慮して」という早大の判断による特別措置と考える方が自然だ。

<小保方原文>このため、大学設置の調査委員会によって指摘された問題点をすべて修正して論文を再提出したところ、このたび、前回の授与時判断と異なった結論を出されました。

<ツッコミ>「指摘された問題をすべて修正した」ことと、「指摘された問題をすべて解決した」は異なる。

<小保方原文>昨年、総長からは、指導過程および学位授与の審査過程に重大な不備・欠陥があったとの理由から、猶予期間を設けて論文訂正と再度の論文指導を受ける機会を与えるとし、これが適切に履行された場合には取り消さず学位を維持する、とのご決定を戴きました。

<ツッコミ>「指摘」に対して「対応」しただけでは、「解決」にはならない。例えば、「このラーメンは味が薄くて美味しくないので、塩分を高めたスープにすべきだ」という「指摘」があったとする。それに対して「前回よりも塩分を高めた」という「対応」だけをしても、それは必ずしも「味の濃い美味しいラーメンになった」という「解決」にはなっていない。「適切に履行された場合」とは「適切な結果を出す」という意味である。

<小保方原文>私はこれに従い履行したにも関わらずの今回の決定には失望しています。

<ツッコミ>「履行」して、そして「解決」できたかどうかが重要。それが科学である。指導教員から「実験をやってください」と指示され、「やりました」だけでは学問ではない。「実験をやって、結果が出す」ということが、少なくとも理工学系の研究には求められる。

<小保方原文>このような経緯の下での今回の判断は、総長のご決定の趣旨及びその背景にある大学調査委員会報告書のご意見に大きく外れるものであり、学位規則の取消要件にも合致しないものであると思います。

<ツッコミ>今回の不合格は、「対応」はしたものの審査委員会の審査に耐えうる「結果」が出されていなかったから、というだけに過ぎないのではないか。注目があつまった案件だけに審査員たちも第三者からの再度の指摘などが出ないように、慎重且つ厳密に審査をしたはずである。十分な結果が出ているのに、不合格を出すようなことがあれば、早稲田大学は更なる批判を受けることになる。そんなリスキーなことをするはずがない。

<小保方原文>前回の学位授与は、私の在学中に研究活動を指導し研究の進捗状況等の報告をさせて頂いていた教官の先生方らによって、正式な審査過程を経たうえで授与されたものです。

<ツッコミ>前回の学位審査は、早稲田大学がその審査過程の不備・欠陥を認めており、それゆえに再審査である。一方で、もし大学側に不備がなければ、再審査などの特別措置もなかったはずだ。

<小保方原文>しかし、今回の同じ研究科における再度の審査過程では、今回の修正論文は博士に値しないとされることは、前回の授与時判断と大きくかい離する結論であり、指導過程、審査過程の正当性・公平性について大きな疑問があります。

<ツッコミ>今回の再審査は「指導過程および学位授与の審査過程」に重大な不備・欠陥があったことが最大のポイントだ。審査に不備がなければ、再審査などせず「一発取り消し」となる。今回は「指導・審査の過程」にあった「重大な不備・欠陥」を是正した上での「出直し審査」により、改めて不合格になっただけではないか。「前回は楽勝だったのに、なんで今回は厳しいの?」という発想は、サイエンスではありえない。

<小保方原文>今回は、修正論文提出前から、担当教官によって、「今回は合格する可能性はとても低い」と伝えられ、

<ツッコミ>早稲田大学は私立大学なので「担当教官」ではなく、「担当教員」である。「官(公務員)」ではない。

<小保方原文>不合格の理由においても、審査教官から「博士として認めることのできないのは一連の業界の反応を見ても自明なのではないか」とのコメントがあり、学術的な理由とはかけ離れ、社会風潮を重視した結論を出されたことは明らかです。

<ツッコミ>審査教員のコメントは「様々な反証が数多く出され、これを覆すのは難しい」という意味であるように推察する。よって、社会風潮を重視した結論ではなく、「学術的な理由」で不合格であるように思う。

<小保方原文>また、今回の修正作業は、入院中、加療中での修正作業となり、思考力・集中力などが低下しており博士論文に能力を発揮できる健康状態ではないとの診断書を大学に提出しておりましたが、

<ツッコミ>博士論文はもとより、修士論文・卒業論文でもよくある話だ。論文執筆中に体調を崩し、入院という人を何人も知っている。「能力を発揮できる健康状態ではない」という診断書を出したからといって「では、特別に合格にします」とはならない。むしろ「もう1年頑張れ!」と応援するだろう。

<小保方原文>ほぼ6年前の米国に保存されている研究資料を提出することなどを求められ、しかも厳しい時間制限等が課されるなど、心身への状況配慮などは一切なされず、むしろそれが不合格の理由にも採用されました。

<ツッコミ>実験のエビデンスや資料は科学研究には不可欠である。むしろ論文自体は「結果」や「エビデンス」の説明文に過ぎないこともありうる。資料や結果が具備されない論文は評価されない。そして、すべての論文には「血も涙もない厳しい締め切り」が課せられている。たった1日間に合わなかっただけ留年してしまった経験を持つ学生・院生は珍しくない。学術研究とは常に平等と公正が厳しく求められる。

<小保方原文>修正論文提出後、「審査教官とのやり取りは始まったばかり」との説明を受けましたが、一回のやり取りだけで不合格の判定をされ、それに対する私の意見も聞く耳を全く持って頂けない状況でした。

<ツッコミ>提出後の論文は、指導教員、審査教員によって厳正に審査される。もちろん、不備があれば指摘はされるが、それは審査担当者からの一方的なものだ。提出後に頻繁にやりとりができるチャンスなど多くない。提出後は、ひたすら審査結果を待つだけである。指導教員や関係者との密なやりとりは「提出前」にこそ繰り返しなされ、その過程を「研究」と呼ぶ。

<小保方原文>これでは、当初から不合格を前提とした手続きであり、とても不公正なものであったと思います。この点については、大学にも改善をお願いしましたが、残念ながら聞き入れて頂けませんでした。

<ツッコミ>具体的にどういった点が「不公正」なのだろうか。全体的なニュアンスとして、「(審査過程に不備・欠陥のあった)前回の審査では合格なのに、(不備を改善した厳しい)今回の審査では不合格なのはおかしい」という印象だが、これでは「少しは甘く審査してよ」という主張にさえ読めてしまう。

<小保方原文>博士論文の骨子となる内容はSTAP研究の足掛かりとなった研究成果であり、理研で行われた検証実験においても一定の再現性が認められているものです。

<ツッコミ>STAP研究は多くの研究者が再現に失敗しており、STAP研究自体が否定的に考えられているのが一般的な認識だ。その意味で「STAP研究の足掛かりとなった研究成果」が骨子となった論文だからこそ、厳しい判定を受けたのではないだろうか。

<小保方原文>博士論文執筆当時、この研究が広く役立つ研究に成長していく事を夢見て日々を過ごしていました。

<ツッコミ>私的な「想い」と学術的成果は無関係。

<小保方原文>私の研究者の道は不本意にも門が閉じられてしまいましたが、いつか議論が研究の場に戻る日を期待し、今回の再提出した博士論文や関連するデータは年度内をめどに随時公開して参る所存です。

<ツッコミ>早稲田大学の審査に不満があり、且つ今回の再提出論文の成果に自信があれば、他の大学に博士論文として提出してはどうだろうか。条件を満たした素晴らしい成果、完成された論文であれば、大学は審査してくれる。早稲田大学の審査が学術的な成果を無視したものであると主張するなら、それを証明するためにも、他の大学での審査を受けるべきではないだろうか。まだまだ若いのだからチャンスはあると思う。
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藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『だからデザイナーは炎上する(中央公論新社)』『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。