<危ぶまれる「めちゃイケ」の行く末>次回は来年1月9日!なぜ低クオリティのまま4週間も休むのか?


高橋維新[弁護士]

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2015年12月5日放映のフジテレビ「めちゃ×2イケてるッ!(めちゃイケ)」は、2時間スペシャルだった。メインは、「AKB48を卒業する高橋みなみに鎌倉旅行をプレゼントする」という触れ込みのロケ企画である。あとは、小ネタを除けば、過去映像を使い回した総集編が主だった。

年末の2時間スペシャルなのにこういう元気のない企画をやられるとめちゃイケの存続にも危惧を抱かざるを得ない。とはいえ総集編で出てきた過去映像は、選りすぐられただけあって大体おもしろかったので、この点は取り敢えず措いておく。

問題は、新規映像として今回のメインを張っていた「たかみな企画」が余りにもひどかったことである。最初から最後まで、何をやりたいのかが全然伝わってこなかった。以下、具体的に述べる。

まず、この企画自体が完全にAKBとのタイアップ企画であり、高橋みなみの卒業であるとか、AKBのニューシングルであるとかの告知宣伝が入ってしまっていたが、この点はもういい。めちゃイケには過去にも歌手や役者が自分の舞台なり映画なり歌なりを告知宣伝する回がいくらでもあった。

告知宣伝が入ると分かっている中でも、ただ漫然と告知をさせるのではなく、どうにかしておもしろい映像を作ろうと奮闘してきたのが全盛期のめちゃイケである。与えられた材料がどうしようもないなら、どうしようもないなりに何とか料理を頑張ってきたのである。

今回も、「AKBとのタイアップだから大しておもしろくないだろう」という筆者の事前予想をどこまで裏切ってくれるかが見ものだった。しかし、結論としてはこの予想の範疇を超えることは全くなかったのである。

企画自体は、めちゃイケによくある「ロケ企画の体をしたドキュメンタリーコント」である。

「たかみなとナイナイの鎌倉ロケ」という企画はあくまでダミーに過ぎない。この鎌倉ロケをそのまま放映したら、鎌倉の名所やおいしいものを紹介するだけの陳腐な旅番組になってしまう。

めちゃイケが裏に真なるテーマとして用意したのは、岡村が「テレビ的に振る舞おうとするたかみなをしかりつけて、テレビ的な演出を排除させようとする」というコントである。

例えば、一件目の飲食店では、テレビが飲食店を紹介する際の「余所行き」の演出が随所に現れていたが、岡村はこれに文句をつけて排除しようとする。岡村の文句の例を挙げれば、以下のようなものである。

「カメラマンが撮りやすいようにナイナイ・たかみなが横一列に並んでいる配置が不自然である」

「料理を皿ごと持ち上げてカメラに見せる必要はない」

「シェフが横に立っているのがおかしい」

「たかみなの感想がオーバーなうえに声がでかすぎる」

ここまでで今回めちゃイケがやりたかったことを推察するに、要は、今のテレビに蔓延している陳腐な演出を皮肉るパロディコントのようなものだったと思われる。ただ、「推察」という言葉を使ったのは、全体的に内容が不徹底で、何をやりたいのかが明確に伝わってこなかったからである。

「テレビの演出手法」といったような根本的な部分を茶化すデンジャラスな姿勢は実にめちゃイケらしく、うまくいけば他の番組には絶対にできないような映像ができたと思うが、そうはなっていなかった。

まず岡村は盛んに「今回は完全にプライベートの旅行なんだから」という言い方をしていたが、これは全くの嘘である。完全にプライベートなら、たかみながナイナイ2人と旅行に行くわけはない。

家族や私的な友人といくだろう。カメラやディレクターもついてくるわけはない。この時点で、コントの設定である「たかみなが私的な旅行に来ているからテレビ的な演出は要らない」という部分に全く説得力がなくなる。そのため、没入がしづらい。

また、今回の映像の上部には終始「ありがちなテレビの演出を岡村が100%否定」というテロップが入っていたため、鎌倉ロケがダミーに過ぎないという裏のコンセプトがスケスケであった。そのため岡村が突如「テレビ的な演出は要らない」と切り出してもそれが予定調和だというのがバレバレだったため、ドキュメンタリーコントの奇襲感が全くもって損なわれていた。

このテロップこそ、全盛期のめちゃイケが嫌がっていた、そして今回のドキュメンタリーコントで皮肉ろうとしていた、「テレビにはびこる過度な蛇足演出」の最たるものである。何をやっているのか全く理解に苦しむ。

テレビ的な演出の「排除」の部分にも工夫が足りない。「テレビ的な演出」は、テレビを手っ取り早く見やすく・分かりやすくすることができるからこそ今の今まで業界にはびこっているのであって、これを排除すると分かりにくくなるのは自明の理である。

例えば、今回は飲食店でのロケなのに演者3人が何も言わずに黙々と食事をするだとか、バス移動中に照明を消して真っ暗にしてしまうだとかいった映像が流れていたが、単純に分かりにくくなっただけだった。テレビ的な演出を皮肉るというパロディコントであれば、きちんと分かりやすさは保ったうえでおもしろくやらないといけない。

テレビ的な分かりやすい演出を皮肉りつつ伝わりやすさは保持しないといけないので、簡単にできることではない。きちんと、何をどうやるかをじっくりと考える必要がある。

高見沢俊彦(THE ALFEE ) と絡んだコントにはそのような思考の片鱗が見られたが、全体的には無思慮にただテレビ的な演出を排除していただけのように感じた。結局、前述のように分かりにくくおもしろくもない映像が流れただけで、何をやりたいのかがよく分からなかったのである。

例えば、飲食店でのロケであれば、(全く例えばの案であるが)、テレビ的なコメントをせずに美味しさを伝えるのに挑戦して、テレビ的(=彦摩呂的)なコメントをしてしまったらペナルティ(罰ゲーム)があるというような形で、とにかくパロディコントとしておもしろくなるような工夫を入れないといけない。

前述の通り、これを考えるのは簡単なことではない。ここに書いた案もさほどおもしろくはないと思うので、もっと多人数で時間をかけてアイディアを出す必要がある。確実に最も注力すべきはこの点なのである。

最後をたかみなの涙という「感動」で締めるのもいただけない。たかみなの涙は、今回やろうとしていたドキュメンタリーコントとは全く関係がないから、見ているこっちも白ける。

そもそもテレビ的な演出を無思慮に排除したせいで、たかみなが何で泣いているかはこちらに全然伝わってこなかったため、感動の感情それ自体もあまり呼び起こされなかった。

まとめると、今回は「テレビ的演出を皮肉るパロディコント」というコンセプトを考えただけで力尽きて思考停止状態に陥ってしまい、どうすればおもしろくなるかという一番大事なところが疎かになったまま無思慮に映像を分かりにくくしただけという印象がどうにも拭えない。これでは、ただの素人である。

次回の放送は来年の1月9日らしい。今年をこんなクオリティの回で終えた後にまた4週間も休むことになるめちゃイケの未来を、いっそう心配せずにはいられない。筆者から、これ以上見るテレビを奪わないでほしい。

ところで、「手紙を送られた人が、その手紙を読まれることによって泣く」という演出は、一体だれがテレビに導入したしたのだろう。前述の通り、横山由衣の手紙は結局読み上げられなかったのであるが、それでもたかみなは泣いていた。

これは正当な演出手法の自己否定であるが、考えようによっては、わかりやすさばかり求めるテレビ自体の否定でもある。今回の放映は、中身自体を見れば全くの失敗だったのであるが、冒頭に触れた通り、コンセプトそれ自体はめちゃイケにしかできないものである。「ファニー」なバラエティの先頭を走っているはずのめちゃイケには、このくらい過激なことを続けてほしい。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。