<桂歌丸の笑点引退に想う>「笑点」こそ日本の落語文化の衰退要因?


齋藤祐子[神奈川県内公立劇場勤務]

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桂歌丸さんが「笑点」(日本テレビ)の司会を卒業するという。番組始まって以来の最古参メンバーということだから、1966年の開始から50年(!)にわたり、この長寿番組に出演し続けたことになる。

偉大なるマンネリズムというのか、正直、メンバー交代は遅きに失したという気がする。

というのは、この番組の発案者の立川談志は、これほど固定化するメンバーの番組を考えたわけではない。知名度の低い「二つ目」にテレビに出る機会を与え、そこで落語というよりは、とんちゲームのような大喜利をやらせ、敷居の低い(わかりやすいが確実に個性のでる)笑いを提供し、メンバーには売れたら卒業しろ、と言っていたということである。

つまりは、二つ目という「落語家の新人」の個性を磨き、売りを見つけ、売れたらまた次を入れるという、よくできた新人育成の番組を意図していたらしい。AKBのようにメンバーはどんどん入れ替わり、売れたメンバーから卒業して次のステップに進む。そもそもはそんな機能をもたせようと画策した番組だったのである。

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ある時期から(それはテレビが権威を持ち、黎明期をこえたころからなのかもしれないが)、メンバーはめったなことがなければ入れ替わらなくなり、それこそ病気や死亡で変わるのでない限りは固定化し、永遠のマンネリズムの代名詞のような安心感のある番組に変質した。

それが時代の要請だったのかもしれないが、すでに大御所になったはずのメンバーが、軽いとんちのきいた大喜利をあいも変わらず毎週お茶の間に届けるというこれ以上ない安心感が売りの番組。これは言い換えればチャレンジの全くない、新人育成をきっぱりあきらめた番組へと変質したことになる。

ほとんど唯一の、ゴールデンタイムの落語家の出る番組にもかかわらず、新人を紹介することもなく、かくも長きにわたり、同じメンバーでの予定調和の笑いを届け続けた。

それはそれで日曜夜の風物詩となり、平和な日本、古き良き昭和の日本の代名詞でもあったのだろう。しかし、筆者にはそれが今の落語界、寄席の衰退を招く一因だったような気がしてならない。

今後のメンバーがどうなるのか。いっそこの機会に、メンバーを勝ち抜きにするなどして、座布団が取れなかった最下位は脱落、あるいは2回連続して座布団をとったら卒業、など入れ替えののシステムを導入してはどうだろう。

それだけ多くの若手の落語家がゴールデンタイムにアピールするチャンスができるのであれば、落語界全体にとって悪い話ではないと思うのだが。もちろん、大喜利などで売れる気はさらさらない、という向きはご自由に、で、そこは選択の余地がある。

今やドラマの常連は漫才界から、という流れを見ても、落語界はもう少し新人を送りだすことに熱心になってもいいだろう。ドラマの前にまずは、ほぼ唯一の「長寿落語番組」をどう資源として活用するか。まずはそこからだろう。・・と、そう考えるのは筆者だけだろうか。

 

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齋藤祐子

齋藤祐子(さいとう・ゆうこ) 1984年、筑波大学卒。現在、文化施設に勤務。文化政策や現代美術、落語等の分野に関心が深い。