<東京五輪も無問題?>五輪開催前の問題はアスリートの演技の前にすべては消える[茂木健一郎]


茂木健一郎[脳科学者]

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リオ五輪は、始まる前にはいろいろな懸念があった。ブラジルのお国柄で、スタジアムなどの建設が間に合わないのではないかとか、ジカ熱のこととか、開会式に大統領が来れないのではないかとか。しかし、始まってみたら、連日の盛り上がりである。

五輪が、開催まではさまざまなことが懸念されながら、いざ開幕して見ると盛り上がるのは毎回のことだ。その理由は、オリンピックの本質が「アスリートのパフォーマンスにある」ということだと思う。

今朝まで繰り広げられ、「日本の金メダル獲得!」で終わった体操の男子も、たいへんな熱戦だった。体操の非常に難しい技を、最高の精度で、本番のプレッシャーの中でやるというのは凄いことだが、そのアスリートたちの姿そのものが「五輪」である。

開催前に「五輪」について語られることは、「アスリートたちのパフォーマンス以外のこと」が多い。だから、あれこれと懸念される。しかし、始まってみれば当たり前のことだがアスリートたちの身体の動きがすべてになるのであって、それは一つの浄化作用をもたらす。

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タイムを競うのであれ、強さでも、あるいは点数でも、ある基準の下で究極に磨き上げられた身体の動きは無駄がなく、理にかなっており、美しい。その提示こそが五輪の本質だと思えば、それ以外のことは演技の前に消えていくのは当然だろう。

もちろん、アスリートたちが自由に、安心して競い合うためには、大会の準備や運営などに大変な作業が必要であり、関係者の努力には頭がさがる。しかし、その全ては結局、アスリートたちのパフォーマンスのためにあるのである。

2020年の東京五輪についても、スタジアムやエンブレムの問題について、さまざまな議論があった。しかし、実際に開催されれば、アスリートたちの演技の前に、すべては消えていくだろう。五輪とは、アスリートによる浄化作用の現場なのである。

 (本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。