<落語と講談>講談界に現れた凄い人・神田松之丞さん


茂木健一郎[脳科学者]

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演芸好きの友人から、「講談に凄い人が現れた」と聞いた。とにかく聞くとびっくりするという。神田松之丞さん。ネットにある音源をいくつか聞いたが、確かに力があり、面白い。いつか、実際に聞いてみたい。

私は基本的に落語好きだが、講談も大いに関心があって、特に、2代目広沢虎造さんは凄いと思う。代表作は『清水次郎長伝』だが、なんど聞いても面白く、飽きない。

「馬鹿は死ななきゃなおらない」とか「寿司を食いねえ、江戸っ子だってねえ」「神田の生まれよ」とか、「あっと驚く為五郎」といった、子どもの頃からよく耳にした文句の数々が、『清水次郎長伝』の中にあった。一種の音楽であり、ヘビーローテーションしても心地よい。

講談というのは面白いジャンルで、与太郎やくまさんはっつぁんといった市井の人々が主演の落語に対して、基本的に歴史上の人物や、偉人のことを扱う。だから、立派な行いを描いて、ある種の感銘を与え、教訓を残す、という側面が強い。

【参考】<大衆的落語の挑戦>「志の輔らくご」は落語を超えたエンタテイメントになりうるか?

落語が人間の「ダメなところ」を描くとしたら、講談は、人間の「立派なところ」を描く。その意味では対照的なようだが、一方で、講談でいちばん面白いところでは、落語的な側面が出る、というところが、また面白い。笑いをとるのである。

『清水次郎長伝』では、森の石松の言動が、次郎長に対する敬愛の情に満ちていて、その意味で「立派」であると同時に、どこか抜けていて、失敗ばかりしている、落語的な登場人物である、という点にも、一つの聞きどころがある。

落語にしろ、講談にしろ、人間の見方が多角的で、ああ、人間とは確かにこのようなものだ、という、芯にずさっと攻めるような鋭さがある。『清水次郎長伝』の「石松代参」での石松と次郎長のやりとりなど、一筋縄ではいかない人間というものを描いて、ほんとうに見事である。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。