LINE BLOGとツイッターからネットの発言の自由について考える


茂木健一郎[脳科学者]

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LINE BLOGの仕様が変わって、コメントをするにはアプリをダウンロードしなければならなくなった。昨日、植田工と歩きながら「なぜだと思う」と彼に聞いた。植田はわからなかったので、「一つはさあ」と話し始めた。

今度、LINE BLOGは誰でも書けるようになったから、大量のコメント書き込みを、今までも運営さんは丹念に巡回して問題のあるものは非表示にされてきたけれども、それがさらに大量に増えたら対応できない、ということが一つ。それからもう一つあるよね、と植田に言ったら、彼はやはり答えない。

もうひとつは、LINE BLOGには広告が表示されるから、その意味で、広告の「媒体価値」を担保し、高めるためには、反社会的なコメントがそこにあるのは良くない。だから、問題のあるユーザーは停止することもできるアプリダンロード方式は優れている、ぼくはそのように推定している。

ぼくはネットはできるだけ自由であった方がいいと思っているから、本当は、コメントは誰でも書き込めるのがいいと感じている。しかし、運営さんの苦労や、上に述べた広告媒体としての性質を考えると、ある程度の制約は実際的に仕方がないのかとも思う。

それで憂慮されるのが、ツイッターの苦境である。ツイッターは、米国における「alt-right」の代表的な人物であるRichard Spencer氏のアカウントを凍結したがそのことによって周知のように議論が起こっている。

私は、個人的には、凍結は望ましくなく、ツイッターの上での自由な議論がなされるべきだと思うが、一方で、ツイッターの収益モデルを構築する上で、反ユダヤ主義のような主張がツイートされることは、広告媒体としての価値を根底から毀損することも理解できる。

何度も表明しているように、私は、自分のツイッターアカウントについて、一切のブロック、ミュートをしない。@メンションでさまざまなコメントが来ても、私個人がそれを受け止めて、受忍すればいい。それよりも発言の自由の方が重要だと考えているからである。

しかし、システムとしてのツイッターが、その、ビジネスモデル構築のために(そうでなければ、そもそもツイッターが維持できなくなってしまう。vineの廃止は、持続可能性についての懸念を抱かせる)反社会的なアカウントを凍結することは、ある程度仕方がないことなのかとも考える。

LINE BLOGとツイッターを手がかりに、ネット上における発言の自由と、ビジネスモデル構築との兼ね合いについて考えた。論点はまだいろいろあるだろう。中学あたりから大学くらいまで、この問題について学生が考察することは、すぐれた教材になると思う。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。