不幸が重なっても「次もまた不幸」とは限らない


茂木健一郎[脳科学者]

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悪いことととか、不運なことが重なると、まるで自分の人生が坂道を転がり落ちているような感覚になることがある。また、対人関係で、不快なことを言われたり、否定されたりということが続くと、自分が孤立しているような印象を持つことがある。感情が、線形の近似で未来に伸ばすのだ。

悪いこと、不運なことが重なっているように見える時にも、実際にはイベントとしてお互いに「独立事象」であることが多い。少なくとも、良いことから悪いことへの、ある分布の中で起こっている現象である。だから、不運続きでも、それが未来永劫続くとは限らない、というか、大抵続かない。

国会ではカジノ法案が審議されているようだが、ギャンブラーが、勝ち続けていて運がいいと思ったり、あるいは負け続けて運が悪いと思うのも、実際には独立事象で、勝った後は、負けることもあるし、負けた後は、勝つこともある。

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問題は、落ち込んでいる人は、感情に包まれていて、以上のような論理がなかなか届かないということで、だからこそ、時折、自分の人生を冷静に分析する必要がある。感情の豊かさは大切だが、論理と結びついて、初めて安定するのだ。

悩みは、時に、先の見えない暗闇だったり、底の見えない深海だったりするが、そんな時にも、自分の置かれた状況を客観的に、確率事象として分析すると、一筋の光になる。論理は冷たいのではなく、むしろ温かな感情の炎を続けるための燃料ですらあるのである。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。