<米国の女性研究者が1年半の観察から見た日本のテレビ>日本のテレビは何が「クール」で、何が「ダサい」のか?


エリザベス・ロドウェル[ライス大学・博士課程(文化人類学)]

(編集部まえがき)テキサス州ヒューストンにあるライス大学(Rice University)博士課程(文化人類学) で、日本のテレビメディアの研究をしている女性研究者 Elizabeth A. Rodwellさんから、研究リポートが到着した。 訳は執筆者の一人高橋維新(弁護士)である

18ヶ月にわたるテレビ業界の観察を終えて、日本のテレビにおける一つの強みは、対話型の技術を用いて「実験」をすることを厭わないこと、ソーシャルメディアに対抗するのではなく、むしろ共闘することだと私には思えた。

旧来の視聴者はどのようにしてテレビの番組作りにおいて「参加者」たりうるかを研究している人たちを見て、私はとても感銘を受けた。 そのような番組作りのひとつの強みは、スマートフォンや、タブレットや、ラップトップによってテレビから注意をそらされていた視聴者を、やるべき特定の課題を与えることで、再びテレビに注目させることである。

例えば、TBSは、最近、リアル脱出ゲームTVや生ジンロリアンといった、視聴者を特定の台本の展開の中に参加させるという、技術的な意味で挑戦的な番組をいくつか放送してきた。 生ジンロリアンは夕食時の劇や「クルー」というゲームに似ており、画面に出ている9人のタレントの中の2人が狼人間になるのだが、お茶の間の視聴者は誰が誰かを考えることで番組に参加することが可能であり、彼らの投票はリアルタイムで画面上に表示されている(これについては境治が詳しく書いている。http://sakaiosamu.com/2013/0708090033/)。

それではなぜ「ソーシャル」で「インタラクティヴ」なテレビは未来のテレビにとって重要なのだろうか。そして、アメリカでやっていないことで、日本がやっていることはなんだろうか。

第一に、一般的に知られていることであるが、若い視聴者たちは持ち運びのできる装置を用いてメディアに触れる時間をどんどん増やしている。これは東京のいたるところにいるメディアの研究者が、自らの調査結果で埋め尽くされたカラフルなグラフや図を用いて説明しているところである。 日本にはお年寄りの中にほとんどテレビに身を捧げたと言っていいくらいテレビしか見ない視聴者が多くいる。

しかし、無遠慮に言えば、広告主を満足させるのやこういう人口統計学的な議論ではない。したがってテレビは、若い人たちが現在他のテクノロジーに費やしている時間を利用して、これらを競争相手からメディアにおける共生相手へと変えていく必要がある。

この手のテクノロジーを用いた「実験」は2014年現在まだ始まったばかりの段階にあるが、これらの「実験」はテレビとモバイルな装置の2つの画面を結びつけることに成功している(従ってインタラクティヴなテレビ番組における「2つ目の画面についての技術」への言及は今後も続くであろう)。

そして、なによりそれ以上に、こういう番組は楽しいのである。中毒的なのである。そしていくつかの事例では、これらのゲームで勝った人は現実世界における利益を、ポンタのポイントその他の形で得ることができる。タダの美味しいピザ、あるいはなんでもいいがポンタのポイントが使える何かがあるということは、大きなポテンシャルを秘めているということである。

第2に、この大きなポテンシャルを秘めたシステムは、広告主にとっても利益になるということである。我々はすでにニールセン社が提供しているシステムで用いられているいくつかの指標を情報として用いている(実際のニールセン社は日本ではビデオリサーチと渡り合うことはできないという点は措いておく)が、我々はみなこのシステムは大きな問題を抱えていることを認めている。

視聴者がテレビをつけたときに実際に番組を見ているかどうかを確実に把握するべく、いくつかの試みは為されているが、このやり方ではテレビを見ていることまでを証明するのは未だに難しいままである(せいぜい、視聴者の体が部屋の中にあることを証明できるぐらいである)。

しかし、ソーシャルなテレビ、インタラクティヴなテレビは、広告主によっても有用なことをしてくれる。

  1.  視聴者に番組に参加する段で必要な情報を登録させている。これは、番組が番組のウェブサイトに自発的にアカウントを作るぐらい番組に興味を持っている視聴者の個人情報を集めることができることを意味する。こういうサイトでは、色々と聞きたい情報の中から、年齢、性別、住所、血液型といった情報を聞くことができる 。
  2. 番組に参加するためには、視聴者は何度も番組に構う必要がある。今のところ、この手の番組は全て、視聴者に対して合間合間で特定の行動(投票であるとか、テレビゲームのようにコントローラーのボタンを押すであるとかなんでもよいが)を起こすことを要求している。 これは視聴者の注意がどこに向いてるかについての基本的な情報を提供してくれる。視聴者は定期的に番組をチェックしにくるので、したがって我々はテレビの視聴者がどのような行動をとっているかについて、今までできなかったやり方で洞察することができる。視聴者が情報をリアルタイムで送ってくれることで、我々はある意味彼らのリビングルームの中をより明瞭に覗くことができるのである。

しかしまだまだ乗り越えなければならない難点がある。それはなんだろうか。 第一に、これらの番組を見てくれて、かつ参加までしてくれるほどに番組に関心を持ってくれる若い視聴者をまだまだ獲得する必要があるということである。今のところ、インタラクティヴなテレビの実験はほとんどピークではない時間帯に敢えて放映されている。

しかしこれは視聴率が芳しくないことを意味しているわけではまだなく、私の視聴者に対する研究によれば、平均的な視聴者は本当にこういった番組の試みについて知らないだけなのである(私が調査の対象となるいくつかの視聴者のグループにソーシャルなテレビやインタラクティヴなテレビについて発問してみたところ、うつろな視線や困惑が返ってきただけであった)。

ゆえにこれらの実験は未だに業界内部(そして私のようなメディアの研究者)の秘蔵っ子の位置に止まっているが、そうでなければ大きな波紋を巻き起こしていたはずである。 TBSのヒット番組「半沢直樹」は視聴者を引き付け、その注意を向けることにもっと成功していた。

そしてこのことに私はとても満足している。技術的な実験はクールであり、おそらく間違いなく日本が最も優れているところである。最低でも、私のような日本人でない人間の目からすれば(http://blog.livedoor.jp/otataho/archives/39541930.htmlも参照)。

しかし見てくれる人を獲得するには、日本のテレビはもっと参加を「強いる」ような番組作りが求められている。この点はアメリカが優れているところである。

アメリカでは「ゲーム・オブ・スローンズ」や「ブレイキング・バッド」という番組があり、その他の多くの番組でも忠実な模倣が生まれている。 我々には豪勢に放映されている挑戦的な番組がある。

しかし我々にはデータ放送やJoinTVはない。日本はまことに先駆的な技術的達成の数々(そしてそれらは自ら先駆的たり得ることを示している)を、もっとリスキーで野心的な番組とつなげていく必要がある。

現在のところ、ソーシャルなテレビは既存のフォーマットを用いている。これは言ってみればほとんどのソーシャルなテレビは既に存在しているプログラミング的なジャンルに吸収されつつある、あるいはテレビゲーム(「ギターヒーロー」や「ダンスダンスレボリューション」)と似ているということである。

視聴者をテレビ番組に参加させるというコンセプトに順応させるということが、とても必要とされる段階に来ているということである。

しかし、長期的な成功を本当に確実にするためには、ソーシャルメディアを用いた参加の仕方で最も楽しめるのはどのような方法か、そのうえで歴史的なテレビの作り手と消費者という二分法にどのように切り込んでいくかを番組はよく考えなければならない。

【訳註】

  • クルー:イギリス発祥の推理合戦ボードゲーム。参加者が容疑者と犯行現場と凶器を当てる推理ゲーム。
  • ニールセン:ニューヨークに本拠を構えるマーケティングリサーチ会社。視聴率調査等をしている。アメリカでは主流である。かつては日本でも調査を発表していたが、個人視聴率を導入しようとして日本のテレビ局すべてに反対され、契約を打ち切られたため撤退した。いま日本の視聴率調査会社は電通と民放各局が株主であるビデオ・リサーチのみである。 ニールセンとビデオ・リサーチの視聴率が10%も違うということがザラにあったことを覚えておいでの読者も多いだろう。

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メディアゴン 編集部

メディアゴン編集部(めでぃあごんへんしゅうぶ)2014年5月末日、東京生まれ。メディア批評・メディア評論に特化したメディア専門家によるメディアニュースサイト。キー局プロデューサー、ディレクター、イベントプロデューサー、放送作家、大学教授、評論家、ゲーム作家、弁護士・・・などなど、メディアの第一線で活躍する人材が活動中。