<「放送作家」という職業が誕生して60年>伝説的なテレビ番組を手がけてきた優れた放送作家たち


高橋秀樹[放送作家]
2014年8月1日

 

たかだか、テレビ60年。「放送作家」という職業が誕生して60年ということもできる。

この放送作家には由緒正しい血筋の人もいる。

津瀬宏さんは、TBSラジオの「小沢昭一的こころ」を書き続けた作家だ。該博な知識と洒脱な文章は放送作家の鏡であった。その息子が清水東。この高校の名前のような男は、コントもドラマもかける作家である。今は時代劇専門の劇団イーストンズを主催している。無駄遣いが多い男でもある。

塚田茂さんは愛称が「どんどんクジラ」。日劇のショウはほとんどこの先生が書いた。フジテレビの「夜のヒットスタジオ」の司会を芳村真理さんと一緒にやっていたので顔を知っている人もいるだろう。だじゃれと擬音で会議を盛り上げる名手であった。日本舞踊を塚田先生が表現するとこうなる。「バナナを2本、両手に1本ずつもって強く握る。すると柔らかいバナナは中身が皮からはみ出る。それがすなわち、2本ブヨーン(日本舞踊)」

その正統な継承者は矢頭浩。父の遺訓でだじゃれを連発する。だじゃれは語彙を増やす訓練なのだそうである。この男、NHKの「紅白歌合戦」などを長く手がけ、歌番組の構成では右に出るものなし、と私は思う。

河野洋さんは、日本テレビの「シャボン玉ホリデー」で誰も到達できない切れ味のいいコントを書いた。コント作家としては日本でナンバーワンの実力者。その弟が川崎良。この男は石田純一の同級生で甘いマスク。地方局でキャスターをやっていた。

このあたりが氏の優れた放送作家である。

私は矢頭浩と飲んでいるときに酔っ払って、「親と同じ職業に就いた者は決して親を超えられない」との、私見を述べてしまった。矢頭怒らず泰然自若。「ものごとには例外が必ずある」と、今付け加えておきます。

 

【あわせて読みたい】