<ポー「赤き死の仮面」>外出自粛中に読みたい178年前の疫病ミステリー

物部尚[エッセイスト]

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新型コロナ感染予防の外出自粛要請で、家にばかり居る。

映画を見るが、これは見る者にとってはどちらかというと、インプット型のエンターテインメントで、3本も続けてみると、さすがに食傷する。映画の進むペースにこちらの頭の回転を合わせなければならないから疲れるのである。

アウトプット型のエンターテインメントは読書である。作者の情景描写を目をつぶって表象化して小休止したり、作者の意見に対して反対の意見を構築してみたりして、自分のペースで楽しむことが出来る。

というわけで現在のコロナ騒動を彷彿とさせる178年前の名作、 ミステリーの元祖エドガー・アラン・ポー著『赤き死の仮面』(The masque of the Red Death・1842作)を読んでみた。(以下、「」内は『黒猫・アッシャー家の崩壊』所収(新潮文庫版)より引用、ネタバレ注意)

ある国で「赤き死」と呼ばれる疫病が蔓延した。感染した者は「きりきりと身体が痛み始め、いきなり目眩に襲われ、やがて毛穴という毛穴からおびただしい血があふれだし、ついには息絶える」「犠牲者の身体や顔が真紅の斑点だらけになれば、それが疫病の証」である。死に至るまではわずか30分という恐るべき伝染病だ。

[参考]<五輪も舞台も自粛すべき>エンターテインメントは「不要不急」である

国王プロスペローは、国民の半分が死に絶えたのち、まだ元気な騎士や貴婦人多数を伴って城の奥へ奥へと立て籠もった。扉のかんぬきを溶接し、中に籠もった人たちが「絶望感や狂躁感に襲われたとしても」一切、出入りできないよう逃げ道をふさいだのである。そうしておいて、葡萄酒やたくわえをたっぷり備え、あらゆる娯楽を用意した。道化、即興詩人、バレエ・ダンサー、演奏家。「悦楽と安全が城内では保証されていた。一歩城外へ出れば『赤き死』が蔓延」というわけだ。

城に隠れて半年が経った頃、プロスペロー王は盛大な仮面舞踏会を催した。広大で曲がりくねった回廊型の舞踏場は、青色の間、紫色の間、緑色の間、だいだい色の間、すみれ色の間、そして、最後は黒別珍の間、その「窓の色は緋色、そう、濃厚なる血の色なのだ」黒別珍の間にはある装飾があった。一時間ごとにチャイムで時を刻む黒檀製の巨大な振り子時計である。

人々は陽気に舞踏会に興じたが、この時を刻む音だけには狼狽した。明るく踊っていても、時計の音が鳴る度に人々は動揺せざるを得なかった。恐れおののき物思いにふける。しかし、こうした障害をものともせず、王の前の人々は陽気で豪奢な舞踏会を続けた。

そこに、人々の見たことのない仮面の人影が現れた。

「この無言劇役者が限界を踏み外しているのは『赤き死』の化身を気取っているところだった。広い額及び顔の全面に、恐るべき鮮血が斑点を成していたのだから」

プロスペロー王は、無言劇役者の仮面を引きはがそうと襲いかかったが、役者の短剣が一閃し、王は黒別珍の間に倒れ込んで息絶えた。人々は蛮勇をふるって、無言劇役者に飛びかかった。しかし、すぐに言いしれぬ恐怖に襲われた。

「死者をも彷彿とさせる仮面を荒々しくもぎ取ってみれば、その下には何の実体もなかったのだから」

そして、その瞬間・・・。後は、ぜひ本文でお読み頂きたい。本書は実に示唆に富む話であると思う。

最後に、読了後の筆者の感想はといえば、「日本が民主主義でよかった。首班がプロスペロー王でなくてよかった」である。

 

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