<日本の恥を世界へ>東京五輪開会式「演出家不在」の中途半端感

高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]

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7月25日の『サンデージャポン』で、デーブ・スペクターがオリンピックの開会式を酷評した。自身のツイッターで「7年間準備して、これ?」とつぶやいていたデーブは、意見を求められ、「現場で頑張った人たちはさておいて、165億円と言われている予算に値するコンテンツとホントに思ってるんですか?って聞きたい」と発言した。

デーブの言いたいことは、痛いほどわかる。しかし、日本語が達者なデーブにしては言い回しを少し間違えた。「現場で頑張った人たちはさておいて」は、「現場で頑張った人たちには敬意を表しますが」であろう。それに165億円という予算に絡めての発言で「カネのことは言うな」というありがちな日本人の潔癖感に火を着けてしまった。

怒りで熱くなって反論したのが鈴木紗理奈である。

「私すごい問題やと思うのが、本来競技を見るものやのに、オリンピックのそれ(開会式)がショボいとかお金をかけるからいいとか、これだけかけたのに・・・っていうもの自体がオリンピックが利権やとか言われる元になってるから、私それを言うのは、ホントにお門違いやと。(では、開会式を」なくしたら良くないですか」

紗理奈の反論は、よく読めばわかるが、怒っているだけで的がずれている。これに対してはデーブは「同感です。スポーツはスポーツだけでいい」と賛同している。

デーブは続けて酷評する。

「すべてが非常に手抜きですよ。日本国内や海外が求めるような日本の魅力的な面白いコンテンツ、ゴジラ、ロボット、マスコット・・・。何もないんですよ。忍者も侍もない。歌舞伎だって、派手な演出できるのに、何あれ、すぐ終わっちゃって。花火だって神宮球場の花火のほうが長いもん」

ドローンで描いた地球については「ひねりが足りない。オチが。あれもやってるもん、いろんなところで」。良かったのは長嶋監督だけで聖火リレー最終ランナーの大坂なおみについては「悪いけど安直すぎる。今はテニスの頂点にいるが、最終ランナーは、レジェンドで今はやってない人に敬愛の気持ちでやるので」と述べる。

これは日本が好きで好きでしょうがなくて、自分の暮らしを立ててくれている日本を愛しているからこそのデーブの発言だと筆者は思う。

だから、次の杉村太蔵と、まとめにはいった爆笑問題・田中裕二の発言が、筆者は非常に気にかかる。

杉村太蔵は「デーブさん、デーブさん、あのね、盛り上がってきてるからね、全部終わった後に聞くよ、僕がそれ」と、したり顔で止める。田中裕二は「人それぞれ色んな意見があるから」と、まとめに入る。

「人それぞれ、意見があるから」だから、それを戦わせてトークするのが「サンデー・ジャポン」の美点なのではないか。MCがそれを否定してどうしようというのか。

デーブ・スペクターは、日本がメダルを取り始めて、盛り上がってきてしまったので批判しづらくなってきた日本人に代わって、正々堂々と意見を述べたのだ。と筆者は思う。同調圧力に左右されないご近所の嫌われ者の頑固親父の役目をやったのである。

[参考]小林賢太郎を擁護するインパルス板倉と爆問・太田の残念感

ということで、筆者の開会式に対する筆者の見解を述べる。一部はデーブと重複する。

まず、全体の構成がなっていない。これは、総合演出家が不在だったために起こったことで、ショーの流れを作る作業がなされていないからである。すべてが中途半端になってしまった。ショーディレクターと称する人が直前に解任されたが、以前はあの人が総合演出家だったのだろうか。今は誰なのか、確認のしようがないが、その人がいても流れができていなお粗末だったような気もする。

ビートたけしはTBS『新・情報7daysニュースキャスター』で「いらないよ演出家なんかあれ。(数年後に振り返ると)いかにバカだったかわかるでしょうね、日本は」と述べているが、これは、あの程度のショーを作るんなら「演出家なんかいらない」という意味であって。演出家がいないとあの膨大なオムニバスショーは構成できないのである。

「The show must go on」(ショーは続けなければならない)であるし、「The show must move forward」(ショーは前に進まなければならない)のである、それが流れを作る構成のちからである。細切れの出し物を段積みにするだけではショーは止まったままで、飽きてしまう。次に何が来るかワクワクしないのはショーではない。

報道では、不祥事発覚で「組織委員会の理事は開会式は、中止にするか、各国・地域の選手の入場行進、聖火点火、開会宣言のシンプルなものにするしかないと会議に出席した理事全員が同意した」とされるが、そちらに振り切るほうが良かったのではないかと、今回の開会式を見て思う。だが、結果は演出家不在の中途半端なものになったのである。

一つ一つを取り上げてみれば、優れたものも首をかしげるものもあった。ピクトグラムのパントマイム。『欽ちゃんの仮装大賞』みたいで楽しかった。残念ながらこれをやる家族がいても本来の『仮装大賞』ではモノマネということで予選を通らないから注意したほうがいい。

ドローンで夜空に描いた光る地球。個人的にはドローンの技術はよく知らないし、見たことのないものなのですごいとは思った(筆者が知らないだけなのかもしれないが)。ただ、デーブによれば色んな所でやってるらしいのだが。

MISIAの「君が代」は、政治信条は抜きにして、歌われる意味は理解できるし、何しろMISIAは歌がうまい。かつて、北朝鮮に行った時、何万人ものマスゲームを見たあとで、「日本を代表する歌手です」という紹介で松村和子さんが「帰ってこいよ〜」と歌いながら大舞台にせり上がってきたときは、金日成スタジアムの大観衆の中にいる筆者を日本人だとは、誰も気づいていないのに、すごく恥ずかしかった。もちろん、松村和子さんのせいではありません。ショーの演出家のせいです。

タップダンスはなぜやったのでしょう。フレッド・アステアがジンジャー・ロジャース、エレノア・パウエルやリタ・ヘイワースらとコンビを組んで踊るタップの映画を見たことはなかったのでしょうか。一度でも見ていれば世界に向けて日本のタップを披露する勇気は出ないでしょう。ましてや、ひとりのタップは寂しいものです。

市川海老蔵の暫についてはデーブと同意見。歌舞伎はもっともっと楽しいよ。ジャズピアノはなんだろう?

劇団ひとりとなだぎ武では、はからずも日本のコントのレベルの低さが露見してしまった。

「イマジン」はやっても誰からも文句の出ない無難選曲。

まあ、コロナで自粛したからつまんなかったのではないのだけは確かのようです。いずれ、すべての演者と演出スタッフを公式発表してほしいものです。

 

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