過酷なネットいじめを耐え抜くMay Jの新曲がスゴい

藤本貴之[東洋大学 教授・博士(学術)/メディア学者]

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歌手May J.がデビュー15周年を迎え、5月から4ヶ月連続で新曲をリリースしたり、本名「はしもとめい」名義でyoutubeチャンネルを開設したり、写真展を企画したり、とこれまでにない勢いでアクティブな活動を展開している。

May J.といえば、2014 年のディズニーアニメ「アナと雪の女王」にて、日本版のエンドソング「Let it go~ありのままで~」を歌ったことで知名度を上げたが、一方で、小山田圭吾のような悪行をしたわけでもないのにバッシングや批判の対象になってきたことでも知られる。いわゆる「いわれなきネットいじめ」の被害者として悪い意味で彼女を有名にした。

知名度が上がるにつれ「カバー曲ばかりで自分の曲が少ない」云々といった批判が多発したが、このようなバッシングが激化することには、SNS世論の闇を感じる。SNS民たちはMay J.に一体何を求めていたのか。カバーソングは立派な音楽分野の一つである。その分野で名をあげることは何も悪いことではない。そもそも既存の作品を自分なりの個性や手法で再表現することは悪いことではないし、コンテンツの世界はそんな事例ばかりだ。

ジブリ映画など、宮崎駿監督の純粋なオリジナル作品などほとんどない。いづれも既存作品のリメイクやカバーやインスパイアばかりだ。しかし、だからといって宮崎監督が「オリジナルが少ない」とバッシングはしない。むしろ、既存作品を自分の技術と個性で再解釈する天才的力量を讃えている。

[参考]『パクリの技法』ジブリに許されて女子高生社長に許されないパクリの違い

ディズニーの主題歌を担当するというシンデレラストーリーへの嫉妬といった指摘も目にするが、批判したりバッシングしている人のほとんど(いや、全員?)は歌手ではあるまい。嫉妬する必要などないはずだ。しかもMay J.のデビューは2006年であり、「アナ雪」当時ですでにキャリア8年目である。若手歌手としてはもう「中堅」の域であり、ぽっと出のシンデレラなどではなく、どちらかといえば、やや「苦労人」のポジションである。「ようやく来たチャンス」といった方がしっくりくるぐらだ。

May J.は、長期にわたる「ネットいじめ」に耐え、表現活動を奪われることなく、やめることなく続けてきた稀有なアーティストの一人だ。長期にわたる過酷なバッシングにもめげずにデビュー15周年を迎える今年、これまでにない勢いで活動を活性化していることには、ある種の感動すら覚える。

4ヶ月連続新曲は、5月(第1弾)「Rebellious」、6月(第2弾)「Can’t Breathe」、7月(第3弾)「DRAMA QUEEN」と、すでに第3弾までリリースされている。「Rebellious」はしっとりとしたバラード調、「Can’t Breathe」はネットでいわれなきヘイトを受ける苦しみがテーマになっており、ダークな曲調ではあるが、それがかえってセクシーな印象となったなんとも味わい深い曲だ。90年代のアンビエント・テクノのような音のセンスも良い。

「DRAMA QUEEN」はそれまでの2曲とは異なり、スピーディーでCMソングや映画主題歌などになっても違和感のないソリッドでダンサンブルなナンバーである。一環したテーマでの連続リリースだが、3曲とも異なる印象。いずれも美容院やクラブやバーなどでかかっていそうな、ようは「おしゃれな曲」である。カバー曲批判、「アナ雪」批判の印象しかない人はぜひ、聞いて欲しい。

いずれも全てリリック付きの動画がYoutubeで視聴できるが、残念ながら現段階では「ヒット」や「話題」とは縁遠そうな再生回数である。しかしながら、いづれの曲も、もっと注目されても良い高いクオリオティの曲ばかりであると思う。基本的にはおしゃれ路線の曲ではあるが、精神的な苦しみからの克服を描くような内容になっているため、メッセージ性も強く、海外であれば普通にヒットしてるんだろうな・・・と思わされる、そんな曲たちだ。

May J.のことをバッシング以外では知らない人、カラオケ熱唱以外を聴いたことのない人にこそ聞いてほしいと感じる。特に、「DRAMA QUEEN」は出色だろう。ちなみに筆者がMay Jの曲として白眉だと思うのは、2010年にレゲェ・ミュージシャンRYO the SKYWALKERとのフューチャリング曲としてリリースした「あの日があるから」である。この曲は、聞くとわかるが、とにかく耳に残って、定期的に聞きたくなってしまう、そんな隠れた名曲である。「DRAMA QUEEN」はそれを一人でやっているような印象だ。

いずれの曲も歌詞もMay J.本人が担当している。May J.が実はシンガーソングライターなのだが、この事実を知る人は多くはあるまい。これまでMay J.のオリジナル曲を聴いたことがない人は、こんなに才能豊かなクリエイターであるディーヴァが日本にいたのかと驚くはずだ。

かなり長期間にわたってネットいじめのターゲットになってしまったMay J.であるが(おそらくそれは今後も続くだろうが)、それでも諦めずに表現活動をやめない強さに、特にMay Jのファンというわけでもない筆者ですら、応援したくなるし、こういうアーティストにこそ、もっと注目すべきだと痛感する。

東京五輪では、女性タレントの容姿を侮辱する演出案を出したことで開会式責任者を辞任した佐々木宏、過酷なイジメを自慢げに吹聴していた音楽担当を辞任した小山田圭吾、ホロコースト揶揄ネタで開会式ディレクターを解任された小林賢太郎など、およそ「加害者」ばかりがラインナップされた異常な人選であった。わかる人にはわかるだろうが、残った人材たちを含め、クリエイティブ人材のキャスティングは路線の偏りが目立つ。

むしろ、May J.のように、過酷ないじめにも負けずに初心を貫き、耐え、自身の創作活動へとつなげてゆくような人物にこそ、東京五輪のショー担当には適しているのではないかと感じる。そういうアーティストは意外といる。

ちなみに、筆者は誰かに頼まれたこの記事を書いているわけでも、特別、May J.のファンというわけでもない。純粋に今回のMay J.のデビュー15周年連続リリースで出された曲がいずれも想像を超えた「スゴい曲」だったのでそれを評価しているにすぎない。誤解のなきよう。

 

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