<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産⑥日本のコメディアンは勉強家だった。


高橋秀樹[放送作家]

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「萩本欽一インタビュー」その⑤はこちら

「僕(=大将こと萩本欽一)は、浅草育ちだけど、僕らの先輩の人たちは笑いがやりたくてコメディアンになりたくて新宿(ムーラン・ルージュ)でも頑張ってた。」

「外国のコントなんかも勉強したよ」

「舞台に男が立っている。そこに大きな医者かばんを持った産婦人科の先生がやってくる。男の女房が産気づいたんだな。男は先生を女房のところへ案内して外で待っている。すると先生が戻ってくる、男は生まれましたか、と聞くが先生は何も応えず去る。再び戻ってきた先生は金槌を持っている、次はのこぎりを持っている、最後はチェーンソーまで持ってくる、男はたまらず先生に言う。先生うちの女房に何しよってんですが先生は言う。違うよ。かばんが開かないんだ」

「これはおそらくフランスのコント」

「そういうの、僕全部分類したの。ギャグの種類をね。詩村(パジャマ党の作家)には全部立って演ってみせた」

僕は驚く。

「えーそうなんですか。僕にも見せて下さい」

曖昧に頷く大将。今は押さないほうが良さそうだ、違う質問をしよう、と思いとんでもないことを聞いてしまう。

「大将。収録が終わって反省会があって、大将の話を聞いて、じゃこれで終わり、って大将が立ち上がって、みんなこれで帰れるって安堵していると、大将が楽屋の半開きになったドアのノブを掴んだまま、1時間とか喋ってる時ありますよね。あれすごいなって、いつも」

大抵、収録が終わると、演者や主要スタッフが、楽屋に集まって、大将の話を聞く。あんまり反省のようなことはしない。大将の話は、目線をADに送りながら。実は言っている内容はディレクターへの指摘、なんていうことがあるから、みんな集中して聞く。集中は疲れる、しかもこれは簡単には終わらないとみんなが知っているので早く終わらせるための策を練る。当時もう80歳近かった常田プロデューサーに、ADが知らせに来る。

「常田さん、お車が参りました」

すると常田さんが大将に声をかける。

「欽ちゃん、帰ろう」

それで、お開きになるはずだが、そうは行かない。「じゃあ」と大将が立ち上がってドアの所に行く。聞いていたみんなの腰も浮く。ドアノブを握っている欽ちゃん。そのまま、一時間しゃべるなんていうことがあるのだ。大将は時々ドアを閉めようとしたりするので、そのたびにみんなの腰が浮く。大将の振りに合わせて腰が浮いたり、座ったり、55号のコントみたいだ。

「あれはね、スタッフが番組に夢中かどうか見てるの。終電がなくなる、後ろにまだ仕事がある、恋人が待ってる、お酒を飲みに行きたい、そういのがわかる」

今日のインタビューに備えて、もちろん僕は一日まるまる開けておいた。だから、帰りたい素振りをすることはなかったけれど、もう、お腹いっぱい大将の話を聞いた、これ以上聞くと今日の分だけでも咀嚼できなくなる。インタビューの道程は長い、半年あるいは1年。大将がどこかで喋った以外の話を引き出さねばならない。

その日は、あと5日後。

(その⑦へつづく)

 

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メディアゴン 編集部

メディアゴン編集部(めでぃあごんへんしゅうぶ)2014年5月末日、東京生まれ。メディア批評・メディア評論に特化したメディア専門家によるメディアニュースサイト。キー局プロデューサー、ディレクター、イベントプロデューサー、放送作家、大学教授、評論家、ゲーム作家、弁護士・・・などなど、メディアの第一線で活躍する人材が活動中。