<モノマネは何がおもしろいのか>モノマネは、ツッコミである。ボケではない。


高橋維新[弁護士]

モノマネは、ツッコミである。ボケではない。

モノマネには、おもしろいモノマネと、おもしろくないモノマネがある。

注意すべきは、うまいモノマネがおもしろいとは限らないことである。逆に、下手なモノマネがつまらないとも限らない。 よく考えてみればわかるが、モノマネは、極限までうまくすると本人と同じになるはずである。美川憲一のモノマネを極限まで練習すれば、美川憲一本人と同じになるはずである。そして、美川憲一本人の歌や動きを見ても、別にそれだけでおもしろいものではないだろう。それだけでおもしろいという人もいるだろうが。

ではモノマネは、何がおもしろいのか。 マネされる人(「模倣対象」ということにする)は、通常、ツッコミの対象となるような変なところを持っている。声がやたら高いとか、首がやたら動くとか、滑舌がやたら悪いとかである。こういう特徴は、ツッコミがなく放置されれば、笑いを呼び起こさないことも多い。気付かれずにスルーされるのである。

ではこの特徴で笑いを呼び起こすにはどうするか。文字通り「声高いですね〜」とか「首動かし過ぎですよ」などと言葉でツッコむのは一つの手である。モノマネにおいては、この特徴を誇張する。本人以上に誇張する。本人以上に声を高くして、本人以上に首を動かし、本人以上に滑舌を悪くする。誇張することで、視聴者にその「おもしろい」特徴を気付いてもらう。ほら、「おもしろい点を指摘して視聴者に気付いてもらう」という役割は、ツッコミと一緒なのである。

誇張しなければならないから、本人とまったく同じことをやってしまってはツッコミの役割を果たしにくくなる。だから、うまいモノマネがおもしろいとは限らないのである。うまいモノマネも、うまいからエンターテインメントにはなりうるが、それは「すげー」「うめー」の世界であって、「おもしれーwww」ではない。笑いとは種類の違うエンターテインメントなのである。ここを、勘違いしてはいけない。 だから、モノマネも、ただ漫然とやればおもしろいものではないのである。

まずは、ナチュラルにおもしろい人を見つけ出して、ちゃんとそのおもしろさが分かるような「誇張」を加えてやる必要がある。そして、そのおもしろい人は、きちんと視聴者が知っている人である必要がある。知らない人だと、いくら誇張によるツッコミを入れても視聴者がピンと来ないので、空振りになってしまう。代表的なのは有名人だが、内輪だけが集まった会で内輪のモノマネをやる場合もあるだろう。

最近はこのへんを勘違いしたアイドル等による「おもしろくない」モノマネがまま見受けられるが、テレビでやるからにはきちんとこのへんを心得ておいてほしい。まあ、アイドルがおもしろくないモノマネでスベるのもそれはそれでいいという好事家もいるので、いいならいい。

ここまではモノマネのベーシックの話である。ここから派生して、様々な種類のおもしろさを持ったモノマネがすでに生まれている。

  1. 誇張によるツッコミが失敗しているモノマネ(これは、すべり芸である)
  2. 視聴者がよく知らない人のことを題材にしてしまったモノマネ(これも、すべり芸である)
  3. 1、2、のいずれかに当たり、ベーシックなものまねとしてはおもしろくないが、シチュエーション自体にズレがあるモノマネ →「細かすぎて…」に出てきた例だと、「旅番組で、どう見ても仕込みの出会いが連続しても淡々と番組を進める舞の海」「トーク番組で天然を炸裂する菅野美穂」などがある。こういうモノマネは、舞の海や菅野美穂をよく知らなくても、モノマネがヘタクソでも、シチュエーション自体にズレがあり、ボケになっているので、おもしろくなる可能性がある。別に、だから下手でもいいというわけではないが。
  4. 模倣者が模倣対象のモノマネをすること自体がボケになっているモノマネ →例えば、日村が郷ひろみのモノマネをする場合、日村のようなデブスが郷ひろみという男前のモノマネをすること自体がズレを生んでおり、ボケになっている。結果、モノマネのクオリティがさほどでなくても、おもしろいのである。これはツッコミではなく、ボケとしてのモノマネである。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。