<テレビ局に見る雇用格差>人件費1200万円の正社員ADと360万円の非正規AD

社会・メディア

藤沢隆[テレビ・プロデューサー/ディレクター

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前回の記事では、減少する正規雇用と増え続ける非正規雇用の問題について書きましたが、今回は放送業界における、正社員と「いわゆる非正規雇用」の人たちの処遇の大きな差について書いてみたいと思います。

以前、 日本テレビ『スッキリ!!』の飲み会で、レギュラーであるテリー伊藤がアナウンサーの葉山エレーヌに、

「お前はAD(アシスタントディレクター)の気持ちなんてわからないだろ」

と説教した、ということが話題になりました。番組スタッフによれば、それに対して、葉山エレーヌは後日、給与明細をテリーさんのところに持って行き、

「給料は社員ADと同じなので、気持ちはわかる」

と訴えたそうです。そして、日本テレビの正社員アナウンサーである葉山エレーヌさん(1982年生れ)が持ってきた給与明細の支払総額は、なんと900万円だった、という話です。

この話の真偽は不明ですが、筆者の感覚で言えば、テレビ局の「正社員がAD」をやっていて、残業代を含めればそれぐらいにはなると思います。しかし、「正社員のAD」なんていう存在はごくごく一部であり、正社員にとってAD時代とは、一時の修行のようなものです。しかし、ADのほとんどは派遣の「いわゆる非正規雇用」のスタッフで、その人々が「年収900万円」なんていうことはありえません。

給料について派遣スタッフの場合を考えてみましょう。

ADさんひとりに派遣先(局や制作会社)が支払う人件費の金額は月額20万円~40万円でしょう。多くの場合、これには一定時間の時間外労働相当分が含まれています。実際の労働時間はその“一定時間”にはとうてい収まらないことがほとんどで、それを越えた分は別途支払われるのが法的な決まりです。

しかし、そのへんは派遣先が労務管理により定められた“一定時間”を越えないようにする、という建前で超過時間分が支払われることはまずありません。

月額20万円~40万円には派遣元である派遣会社の管理経費、利益、および社会保険や厚生年金等の会社負担分が含まれますので、スタッフ個人への税込み支払総額は14万円~30万円で、平均すれば月20万円ほどというのが実態ではないでしょうか。
これをテレビ局の正社員の場合で見てみましょう。

あくまで仮にの話ですが、上記の話題にあるように「某局の社員ADさん」の年収が900万円だったとします。個人に総額900万円を支払っているということは、会社はこれに加えて、社会保険、厚生年金等の会社負担分、退職金引き当て金、福利厚生費、諸保険ほかの負担をしていますから、実質1200万円ほどの人件費がかかっていると思われます。

一方で「いわゆる非正規雇用」のADさんを月額30万円とすると、局の負担は年間360万円ポッキリです。おなじADひとり分の負担でも、あまりに大きな差です。しかも、1200万円の方は仕事があろうがなかろうが期限を定めずに雇用が継続しますが、360万円の方は仕事がなくなったら契約を打ち切ればOKです。

企業にとってこんなに都合が良く人件費コストを削減できる制度ですから、あらゆる業界で派遣をはじめとする「いわゆる非正規雇用」が蔓延するのは当然です。だからこそ最新の雇用統計で「いわゆる非正規雇用」が90万人増えて、正規雇用が20万人減るなんていうことがおきてしまうのです。

正社員の高待遇は「いわゆる非正規雇用」スタッフの低待遇によって実現している、という側面があると思います。ひいては企業収益やアベノミクスがねらう循環も「いわゆる非正規雇用」のみなさんの低待遇の上に成り立っているとも言えるのではないでしょうか。

多様な働き方を実現するという建前で実施された派遣労働という制度ですが、その制度が格差を生んでいます。低収入で失職不安がつきまとうこの制度下の人々が増えているようでは、個人消費が伸びるはずありませんよね。

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