「タレントのしゃべり」への依存がテレビ番組から臨場感を失わせる?


高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]

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通常、テレビ番組の撮影を始めるには、「カウントダウン」を出す。1分前から出すこともあれば、ロケものだったら10秒前などというものもある。カウントを出さないと、スタッフ全員、開始の「きっかけ」がわからないからだ。

これはテレビ番組だけではなく、映像や音楽、セリフなどがあるものはすべてに共通することだと思う。「カウントダウン」がある、ということは「共同作業である」ということのしるしでもあるわけだ。「カウントダウン」にあわせて、音声、照明、撮影、演出、小道具、美術・・・など、様々な担当者たちが、その役割にしたがった仕事をしなければならないのだ。

もちろん、カウントを出せないものもある。「動物を撮る」「風景を撮る」などの場合だ。カウントを出せるのは、撮影側で意図できるものに対してだけなのである。言うまでもなく、「天候待ち」をしている時に、いくら「カウントダウン」をしても意味がない。

何故こんなことを書くか? というと、最近テレビ番組を見ていて、「カウントダウンが聞こえてくるような番組」が妙に増えたような気がするからだ。スタジオ番組だけでなく、ロケ物のノンフィクション番組でも増えたような気がする。理由はタレントのしゃべりに依存する番組が増えたからだろう。

確かにタレントに依存する番組はある。そういう番組は、それはそれでやったら良いと思う。しかし、取材先の面白さを引き出す番組というものもある。

「取材先の面白さを発見する」というような目的がなければ、誰かの話を聞く好奇心もなくなる。どこかの店に行き、誰かと会う・・・。普通は、その「誰か」が一番大事。「そんな店なら行って見たい、そんな人なら会ってみたい」と思われる仕掛けを作るのだ。

しかし、最近の「カウントダウンが聞こえてくるテレビ番組」には、この過程がすべて飛んでいるような気がする。カウントダウンが店の前から始まる。そんな感じがしてしまう。

店をあてがえば、あるいは場所を決めてしまえば、後はタレントに任せる。それがうまく行かないときはタレントやリポーターがしゃべっているのに、全面的にナレーションに差し変わっている番組になったりしている。これでは臨場感がなくなる。

ノンフィクションの番組を作るときには、この準備のための「カウントダウン」を感じさせないつくりを意識しなければならない。

かつて、あるプロデューサーから「困ったら道を聞け」ということをいわれたことがある。今、この言葉は現場には届かなくなっているのだろう。「自然さ」を装うことが必要だったからうまれた知恵だが、今そんなことを考える人がいなくなった。道を聞くことから自然な会話が始まり、そして情報が入ってくるはずなのだが。

人に会う、店に入る、何かを発見する・・・。実はこれを自然に見せることは難しい。これを無頓着に進めるからカウントダウンが聞こえるような番組なってしまう。うまく行かなかった場合はナレーションでしゃべり倒して誤摩化そうとする。

先日、映画「仁義なき戦い」をまた見る機会があった。その時、「あの撮影は大変だったのだな」と改めて思わされた。スタッフはキャストと同様に極度の緊張を強いられたことだろう。

どこで何が起こるかわからなければ、とても撮影できない。だから予見して撮影しなければならない。しかし、その困難を乗り越え手持ちカメラが威力を発揮したはずだ。当然、「仁義なき戦い」には、たくさんのカウントダウンがあったに違いない。だが、それを全く感じさせない。全員が一丸となっていなければ、これは出来ないのだ。

自然さを装う。臨場感を意識する。・・・これは簡単なことではない。人に話を聞くにはタイミングがある。それを作り出さなければならない。起こっている物事を観察しなければならない。そんな気配りがなくなると番組はつまらなくなるのだ。

 

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高橋正嘉

高橋正嘉(たかはし・まさよし) TBSビジョン専務取締役 1951年生まれ 明治大学文学部卒業  TBSテレビ「そこが知りたい」に立ち上げから終了まで15年間携わる。 BS-TBSで「唐招提寺」プロジェクト・プロデューサー。 芸術祭ノンフィクション部門優秀賞を受賞。現在、TBS「時事放談プロデューサー」