<原発に一番近い病院に勤務する医師の視線>風化が進む「これからの福島」をメディアはどう伝えてゆくべきか?


小鷹昌明[南相馬市立総合病院・神経内科専門医/医学博士]

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筆者は19年間勤め上げた大学病院を、東日本大震災を契機に辞した。次の勤務先として、福島県南相馬市の総合病院を選んだ。

つまり、ここは原発からもっとも近い病院である。そこで私は、医療支援をしながら、さまざまな復興のための市民活動を企画・実践し、余力のある限り情報発信を繰り返してきた。

震災から4年の月日が流れ、福島の言説は完全に風化してしまった。現地にいれば震災関連の情報の流れない日はないのだが、大手新聞やテレビキー局からの報道はどういうものなのか。

実はここにいると、よくわからない。東京に行った際に新聞やテレビを見ることがあり、そこで感じることは「もう全然ないんだなぁ」ということである。それは、まあそうだろう。

世の中には、溢れるほどの情報が絶えず生まれているのだから、「福島だけを見続けてくれ」というのはムシのいい話しである。私たちでさえ、福島を語ることが難しくなっているのだから、県外の人たちからみれば、もっとそういう気分であろうことは容易に想像できる。

ただ、その一方で、相変わらずの根深い風評被害が散見される。要は、そのバランスの悪さに悩まされているということである。

県外から「福島を応援したい」「産業をどうにかしたい」などと相談されると、それ自体はありがたいのだが、なかには「子供を今からでも避難させるべき」とか「政府は稲作を止めさせるべき」とか「メディアは隠蔽をするな」とかいう、自己主張を肯定してもらいたいだけの人もいる。

また、弱者を守りたい気持ちゆえに生ずる「善意に基づく迷惑」も経験する。チェルノブイリと同じ未来の待っている福島は苦しんでいる。福島を脱原発運動の象徴的聖地にしようとする。

残念なことは、本当の良識人が、被災地を気遣う余りに真実を語らなくなるということだ。その結果、どんどん風化が進む。県民の労力が、主張の強い人や意図しない「ありがた迷惑」の対応だとしたら、こんなもったいないことはない。“風化されない風評被害”と“風化される原発被害”、このアンバランスな交錯によって福島県民は苦しめられている。

メディアに一言伝えるならば、危機への急速な進展というものに情報としての価値が高く、平穏に向かうゆったりとした流れというのに情報としての価値が低いと見積もられるならば、少し考え直してもらいたい。

言ってみれば、急激に環境が壊される現場を伝えることも、もちろん重要だが、それらがどう修復されていくのか、大海がゆっくり地球を浄化していく様子を伝え続けるようなことも、学びとして大切なのではないか。

メディアは、とかくセンセーショナルな情報を求めたがる。

「見られてナンボ」の世界なのだから、それは仕方がない。私たちは、「まだ、大変なこと」を伝えたいのではない、「普通の生活を取り戻した」を伝えたいのだ。

 

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小鷹昌明

小鷹昌明(おだか・まさあき)南相馬市立総合病院・神経内科専門(指導)医/医学博士/エッセイスト。1967年埼玉県に生まれ、1993年獨協医科大学医学部を卒業。同大学病院神経内科にて19年間勤務の後、2012年に退職。現在、南相馬市立総合病院に勤務。「いま、医療者は何を考え、どうするべきか!」を信条として、“原発に一番近い病院”から医療状況を伝え、市民活動を展開している。趣味は“相馬野馬追”出陣のための乗馬著書は、『ドクター小鷹 どうして南相馬に行ったんですか?』(香山リカとの共著)(七つ森書館)、『医者になってどうする!』、『医者が大学を辞めるとき』、『原発に一番近い病院から』(以上、中外医学社)など。