<高齢者向けの英・芸術プログラムが紹介>認知症の高齢患者でもエンターテインメントで成長する


齋藤祐子[神奈川県内公立劇場勤務]

***

先日、都内でブリティッシュ・カウンシル(イギリス政府により設立された公的な国際文化交流機関)が高齢者向けの芸術プログラムを実施している英国の10余の団体(美術館や劇場など)を招聘し、先進事例紹介をするセッションがあり参加してきた。

日本もこの先、高齢者人口が増え認知症患者の割合が急増することが懸念されている。一方で2020年に控えたオリンピックに向けて、誰もが楽しめる文化プログラムの必要性が説かれており、いろいろな意味でタイムリーな企画といえた。

高齢者向けのプログラムというが2つに大きく分けられる。

ひとつはアクティブ・シニアと呼ばれるまだまだ元気なお年寄り向けのものだ。こちらは30年も前から、かなり有名な指導者をつけ高齢者向けのダンスカンパニーを組成している劇場があった。ダンスファンなら誰でも聞いたことがあるトップクラスの振付家や指導者が指導している。高齢者とはいえ、練習を積めばどんどん体が動くようになり能力が開発されるという。

もう一つは、孤立しがちな独居の高齢者や認知症の高齢者、あるいはその介護者向けのプログラムである。こちらはさる美術館の例がわかりやすい。

iPadを使い、記憶や思い出にまつわる美術館や博物館の収蔵作品のアーカイブを通じて、会話が弾むように持ちかけたり、高齢者の個人史がわかるような「記憶の樹」をつくり、そこに「どんな勉強をして、何が好きで、どんな仕事をしていたか、趣味や得意なことは何か、家族構成はどうだったか」などを書きこんで、老人ホームや病院の部屋に張り、介護者やケアをする人、医師や看護師など誰もがそれを目にして会話の糸口を探れるようにする、といったツールなどだ。

まさに目からうろこの落ちるような簡単だが効果的なことばかりだった。

このプログラムに参加ずると、認知症と診断されたにもわからなくなっている人として扱われて傷ついた自尊心や恥辱の感情が回復され、アーカイブを巡ることで刺激され会話が弾んだり、記憶を取り戻して豊かな気持ちになるなど尊厳を取り戻すことができる。

さらには、高齢者でもそこから学び始めることもでき、自分が成長しているという気持ちを味わうことができるというのだ。

同じ美術館の別のプログラムでは、祖父母世代とともに子供がリュックを背負って博物館を巡り、気になった展示物をリュックに入れて持ち運び、最後に祖父母世代の高齢者にその展示物にまつわる解説を子供に話して聞かせるというものがある。

こちらも大人気で、子供が展示物を持って帰りたがって、置いていくようお願いするのに苦労するという微笑ましいエピソードも紹介されていた。

もちろん、認知症の患者を扱う際の難しさもあるようだ。何よりも芸術は感情を解放し最終的には自分を表現するところまでいくものだが、中には介護者への悪感情を爆発させる人もいるという。介護する側からすれば、後がやりにくくなる上に患者の感情の起伏が激しくなることを警戒して、プログラムへの参加を心よく思わない人もいるとのこと。

それでも、その偏見や反対を超えて参加してもらうと、感情を爆発して外に出した後は、かえって認知症患者の不安や不満が減じて自分で感情のコントロールができるようになるという。

考えてみれば、日々出来ないことが増えてゆき、思い出せないことがふえていく生活ではイライラすることばかりだろう。将来を考えて不安に押しつぶされるような日も当然あり、思わず自暴自棄になることもある。その恐れや不安を押し殺すのではなく、解放して、まだ残っている記憶を呼び覚まし、まだある能力を使ってできることを楽しみ、前向きになるほうがはるかに健全で幸せなことではないだろうか。

認知症であっても、当たり前だが、まだ生活を楽しむ力だって残っている。できることのなかで人とふれあい、子供世代に自分の体験を語り知識を伝えることだってできる。施設の中で、日がな一日不安にさいなまれながら、他人に世話をされているだけの生活よりはるかにいいということだ。

こういった高齢者向けのプログラムは、さらに思わぬ効用をもたらすようだ。他のセクター(ヘルスケアビジネス、介護、予防医学、住宅関連産業、行政、福祉)から助成金を得たり、大学との共同研究が始まったり、他のセクターの組織と共同でプログラムを開発したりする。

マンチェスター市では、引退後には街を出ていってしまう人が多かったために、街をあげて高齢者に優しい街づくりを目標に掲げ様々な施策を実施、そのうちに住みやすさを認めて若年層が定住し、人口増に転じたという。こうなると経済波及効果もばかにならない。

とはいえ、この事例発表会の翌日の交流会では課題も多く共有された。いわく、多くの高齢者向けのアクティビティの中で、なぜアートなのか、公金を投入するにあたり皆が悩む評価、指標にはどんなものがあるのか。予防効果や精神的な充実感というものはなかなか数値化しづらい。

どうやって成果をアピールすればいいのか。日本の実情で言えば、収入のあがらない教育普及プログラムは予算も人手も限られる。手間のかかる高齢者向けのプログラムがはたして実施できるのか、まず同僚たちに必要性を理解させることができるのか(それが一番の課題だったりする)。

また、ある特別なプロジェクトの間は高齢者が生き生きとするが、それが終了してしまうと逆に落ち込んでしまう。高齢者の孤立を防ぎ、コミュニティの中に居続けてもらうにはプログラムやプロジェクトの終了後の受け皿つくりもかかせない、などという実に具体的なアドバイスも飛び出していた。

日本の実情は遅れている・・・という筆者の感想をよそに、日本を視察して回った英国のディレクターたちは、日本でもどんどん取り組みが始まっていることに感銘を受けたと語っていた。

確かに子供向けのプログラムはかなり早くから多くの美術館やコンサートホールが取り組んでおり、教育普及部が独立しているところも多く見かける。だが、高齢者向けのプログラムというと有名なのは埼玉ゴールドシアターくらいしか思い浮かばない。

しかし、高齢者向けの芸術プログラムというキーワードに反応して予想以上に多くの関係者がセッションに駆け付けたことからすれば、主催者のブリティッシュ・カウンシルの当初の目的は達成されたともいえるかもしれない。

2020年のオリンピックに向けて、ますます高齢者の増える日本で、年齢に関係なく豊かな文化活動を提供できるか否か。ここに集まった文化芸術関係者の多くが「何かしたい、何かできるのではないか」と感じてこの場を後にしたに違いない。

筆者にしても、今までとは異なるセクターの人たちに、芸術の持つ力を一から説明する気になった刺激的なセッションであった。

 

【あわせて読みたい】

The following two tabs change content below.

齋藤祐子

齋藤祐子(さいとう・ゆうこ) 1984年、筑波大学卒。現在、文化施設に勤務。文化政策や現代美術、落語等の分野に関心が深い。