<「旅と料理」の番組をどう作るか>レポーターが実食せずに「美味しさ」を伝える工夫

テレビ

高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]

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「旅と料理」の番組は今やテレビの王道といっても良いほど増えた。地上波放送でもBS放送でも、あるいはニュース番組の中でも頻繁に取り上げられる。見る側とすれば気楽に見ることが出来、情報も適度にありエンタテインメントにすれば格好の番組といえる。

しかし、作る側とすればどう面白く見せるか、結構悩みの種とも言える。「新しいネタ」といってもそうあるものではないからだ。
見せ方も限られている。やはり一番多いのはタレントが食べておいしいと感想を述べる、というやり方だろう。あまりウンチクはいらない。ウンチクが多くなってもうるさくなるだけだ。だが、それでも作る方はどうにか面白いものにしようと思っている。やはりその第一は「おいしさをどう表現したらいいか」ということになるだろう。
二つのチームに分かれ、どちらがおいしそうか、とスタジオで対決する番組を作ったことがある。正月恒例で10年も続いた番組だ。審査員が採点して優劣を決めるのだが、この中に印象に残っているものがある。
「北のすし」と「南のすし」の対決だった。
「南のすし」には石垣島を選んだ。石垣島は行ってみたい場所ではあるが、すしがおいしそうな場所ではない。それだけにネタ選びが難しい。調べてみるとアカジンという魚がおいしそうだということがわかった。石垣島ではアカジンミーバイという。ハタの仲間だ。なかなか取れない高級魚だという。
漁師さんと海に出る。朝早くからレポーターも乗り込みトローリングで釣る。だが肝心のアカジンはなかなかかからなかった。一時間、二時間ではなくしっかり夕方までかかった。漁師さんはアカジンではなく別の魚がかかるたびに本当にがっかりした顔をする。やっと釣れた時には表情豊かにうれしそうな顔をした。アカジンは結構大きな魚だ。釣ったときの手ごたえも大きい。
釣った魚を握ってもらってレポーターと食べる、と当初は考えた。だが、これで面白くするのは難しそうだった。
石垣島には何軒かすし屋があったので、高級そうなすし屋に頼んでおいた。すし屋には、すしを握ることと、もうひとつ頼んでおいたことがあった。「漁師の奥さんにも来てほしい」ということだった。なかなか恥ずかしがってきてくれなかったが、何とか了解が取れた。
漁師さんはアカジンをすし屋で食べたことがなかった。一番の高級魚であるアカジンはすべて出荷されるからだ。大切な売り物なのである。ましてや「すし屋で食べる」などということはしたことがない。奥さんもすし屋で食べたことはない。漁師さんが一日かかってやっと一匹釣ったアカジンは市場にあがることはなく、すし屋に直行した。
食べるシーンを撮るカメラが回り出す。その時の漁師さんの顔が忘れられない。漁師さんがアカジンを食べたときの表情ではない。それは奥さんがアカジンを食べたところを間近で見た漁師さんお表情だ。奥さんは静かだがうれしそうな顔をした。

「アカジンがこんなにおいしいものだとは知らなかった」

と奥さんは朴訥に言う。夫婦になって初めて、店で食べた旦那の握ったアカジンだった。漁師さんは晴れやかな「どうだ」といっているような顔にも見えた。
この後、レポーターが食べる必要はなかった。おいしさはもう十分に伝わったからだ。スタジオでは「北のすし」に負けなかった。味を伝えるのは難しい。だがおいしそうな表情を伝えることは出来る。
 
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