「エスカレーターの片側歩き」をやってはいけない理由

リチャード・ディック・ホークスビーク[古書肆]
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エスカレーターの右側に仁王立ちしていたら、連れ合いと口論になった。
連れ合いは言う。

「そんなところに立っていたら邪魔よ」

筆者は言い返す。

「私は、不法者どもの行動を阻止しているのだ」

エスカレーターは歩いて乗る乗り物ではない。とにかく日本人は雰囲気で決まる不文律を察して、ルールにするのが得意な民族だ。
かつてのキャッシュ・ディスペンサーの「フォーク並び」(窓口などが複数ある所に並ぶ時に列を一つにして空いたところに先頭の者が入る方式)の時がそうだった。一度合理的だと判断すると、あっという間に導入して習慣化する。
こういうことに関しては欧米人・中国人・韓国人は日本人に全くかなわない。でも、エスカレーターの片側歩きはダメだ。
エスカレーターの専門家は、

「エスカレーターは歩く時の安全性を保持する構造になっていない。段の上面は階段と違い前にせり出しており上るときにつま先を引っかけ転倒する危険がある」

と言う。歩いてはいけないのだ。
ただ、筆者の主張は若干違う。片側歩きはなぜダメか。まず、エスカレーターが混雑する。付近は人の流れが止まり渋滞する。筆者のような足萎え老人はエスカレーターに乗りたい。しかも待ちたくない。急ぐ奴は階段を行け。それが主張である。
つまり、エスカレーター専門家の合理的な片側歩き廃止論とは違う。正しくはあるが、独自でかつ個人的な主張であるとも言えるのである。
連れ合いにはこの信念を繰り返し言い聞かせている。しかし、なぜ女というものは正義が分からないのか。その日も筆者が信念を実行していると回りに聞こえるような大きな声でこう言う。

「そんな、つまらない信念実行して、突き落とされて寝たきりになったりしたら、私は連れ合いをやめますよ」

女というものは、なぜあんなに声が通るのか。筆者はひるむ。
しかし、短気な若者が来ないことを祈りながらエスカレーターの右側に立ち続けて再び主張を、この際はこころ中だけにして繰り返す。

「エスカレーターの片側歩きは、やめんか!」

 
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