<ノンフィクションの種>シャガール、モネ、ルノワール、モディリアーニ、ルオー、数億円の絵画を引き出したレポーターの手腕

テレビ

高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]

 
ノンフィクションでレポーターを使うときがある。
レポーターの役割は何か、これは簡単そうで結構難しい。報道ドキュメントのように事実を追いかけるのが目的の場合は情報が主人公であり、報告者は手段でしかない。
一方でタレントやアナウンサーが楽しそうな雰囲気を伝える番組もある。そこに、さまざまなネタが放り込まれ、あれこれ話が進む。あくまで会話の楽しさが狙いである。これをどこまでノンフィクションといってよいのかは、わからない。
レポーターが出てくる番組ではどんな仕掛けにしたら良いのか、話の面白さを狙うといってもそれはノンフィクションにとっては、補助手段である。やはり事実の面白さが大切になる。その結果、使い方が難しくなる。
男女のペアでレポーターを起用することが始まったばかりの頃の話だ。ペアというのは話の軽妙さを狙っているわけだ。確かにいきなりインタビューが始まるより楽しげな雰囲気が伝わる。
高級品をテーマにした回だった。高価な絵画を収集している松岡清次郎さんを取材した。戦後、不動産業やホテル業などで財をなした人だ。ともかく豪快な人だった。趣味が高じて収集したものが増えすぎて美術館を作り一般公開していた。
日本だけではなく中国や朝鮮などの陶磁器、水墨画、フランス近代絵画、など多岐にわたる美術品が飾られていた。しかし、当方の関心は美術品より、当の松岡氏にあった。新橋周辺に広大な土地を持ち、一代で財をなした人だ。その人となりを伝えたいと思った。
取材は数々の展示品を見せてもらうところから始まった。松岡さんは陶磁器をうれしそうに説明した。男女ペアのレポーターは展示品だけではなく、もっと見たいとねだり始める。松岡さんは話しているうちにだんだん乗ってくる。
レポーターの好奇心に満ち溢れた表情が更に松岡翁の心に火をつける。何が見たいのかと美術館の裏にどんどん入っていく。コレクションの数は1800点といわれる。さまざまなものが未整理で置かれていた。それを次々に出してくるのだ。置く場所がないのでドアの前に立てかける。
一つ一つ愛着があるのだろう、作家と作品名を言っていく。シャガール、モネ、ルノワール、モディリアーニ、ルオー・・・。特にモディリアーニは好きだったのだろう、何度も口にした。そこにあったのはモディリアーニの「若い女の胸像」だったと思う・・有名な画家の作品ばかりだった。
全部が自分の持ち物だった。90歳を過ぎ、なお精力的に事業を続ける松岡清次郎の存在感が満ち溢れた。
松岡翁はしゃべり続けた。もう止まらない。質問などいらない。どんどん絵を出し続けるのだ。
笑い!頷く!相手をしたのは女性レポーターだった。松岡翁は気分が良かった。若くかわいい女性レポーターはお気に入りだった。この日主人公は、まさしく、レポーターの求めに応じて語り続ける、90歳を過ぎた松岡翁だ。
男性レポーターはニコニコしながら脇で見ていた。それでもちろん、男性レポーターの仕事は十分に果たされている。火がつけば後は黙って見ていれば良い。主人公は自然に山場を演じてくれる。そのことをレポーターは理解していた。ここまで来れば後は自然な流れに任せておけばよい。
昭和の怪物松岡清次郎はコレクションを生涯売ることはなかったという。結果、名画はどんどん増えていった。撮影が終わったときには松岡翁の後ろには梱包が解かれた名画がいくつも並んでいた。一つ一つには億という値段がついていたに違いない。
 
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