<キングオブコント2015>面白くないネタを競争で煽るだけでは演出の力不足


高橋維新[弁護士]

***

2015年10月11日にTBS「キングオブコント2015」が放映された。もう、8回目である。

漫才の「M-1」と「THE MANZAI」、ピン芸の「R-1」に並ぶ賞レースの番組として知られているが、色々、言いたいことがある。よって、この原稿も言いたいことを抱えたまま爆発しそうな勢いで書いている。なんとか、まとめようと思う。

賞レースの番組であるため、出場する芸人は基本的に新人から中堅にかけての「売れたい」芸人である。「売れたい」ということは、「売れていない」か「売れかけているか」のどちらかである。

つまり、もう「売れている」人気芸人は基本的に出てこない。

この時点で、おもしろさにはある程度のキャップがかかってしまう。「キングオブコント」は、もう「売れている」芸人がネタを披露する「ENGEIグランドスラム」のような番組と比べると、おもしろさに劣ることになる。おもしろいコントを見たいのなら、今回審査員に回っていたダウンタウンや、さまぁ~ずや、バナナマンにやってもらった方が確実だろう。

「キングオブコント」のタイトルは、あくまで新人賞なのである。漫画で言えば、新人賞の最終選考に残った原稿を見せられるような番組なのである。

つまり、出場している芸人のネタをただ垂れ流すだけでは、そこまでおもしろくならないのである。そのために、こうした番組を面白くするには、一定の工夫が必要になる。

ところが「キングオブコント」に限らず「M-1」や「R-1」みたいな賞レースの番組がやっている手法は、詐欺的ですらある。ここに書いたようにさほどおもしろくないものを「おもしろい」ものであるかのように盛んに喧伝し、競争を煽るという演出をする。ネタ自体を楽しんでもらうのではなく、「タイトル」を誰が獲るかに興味を抱かせる手法である。

それで視聴者の興味を繋ぎ止めていられると本当に思っているとすれば、それは作り手の思い上がりである。視聴者はタイトルを誰が獲るかにはさほど興味がない。ただ単におもしろいものが見たいだけである。笑いたいだけである(http://mediagong.jp/?p=1032)。

タイトル競争を煽る演出を入れられてもおもしろくない(=笑えない)時間が増えるだけであるし、そこには興味がないので白けるだけである。時間稼ぎをしているとしか思えない。

無論、スタッフがこの点を分かってないわけはないと思う。競争を煽る演出をわざわざ入れているのは、新人たちがやるネタのおもしろさに一定の限界があることを分かったうえで、その点を糊塗するためであると考えられる。必要以上に煽ることで、今からおもしろいものをやるという期待感を読者に植え付けるためだろう。

実体のないものを実力以上におもしろいもののように喧伝するのは、それこそテレビ的な嫌らしい欺瞞に満ちている。テレビショッピングのセールストークと一緒である。

完全に、労力を傾ける方向を間違っていると言っていいだろう。与えられた素材がそれほどおもしろくないのなら、それを隠す方向に労力を使うのではなくて、素材を料理しておもしろさを向上させる方向に労力を使うべきだろう。

それはつまり、芸人たちがやるネタにスタッフが口出しをして、一緒にブラッシュアップをするということである。そのうえで、ネタ以外の違う笑いのパターンも入れる。まともにネタをやらせてもらえずにキレる出場者。まともに採点をしない審査員。カンだりトチったりばかりできちんとネタができない出場者。自分が目立とうとする司会…などなど。

この番組では盛んに「コント日本一が今夜決まる」などという煽りを入れているが、その結果芸人や芸が「カッコいいもの」扱いされてしまっており、スベリの笑いやトチリの笑いを入れにくくなっている。アクセントになるこれを入れられないので、笑いも一本調子になる。

ただ、賞レースの番組ではこういう演出はできないというのは分かる。それをやると、レース自体が完全にヤラセになってしまう。スタッフが中身に口出ししたネタで点数をつけて優劣を競ってもしょうがないだろう。

それでは、どうするか。スタッフがネタの中身に口出しをできないのなら、おもしろさも一定のレベルに止まらざるを得ないということである。その程度のおもしろさしかないものであれば、ゴールデンに何時間も枠をとって放送してはいけない。それが、プロの良心だろう。

新人芸人のコントNo.1を決めたいのであれば、勝手にやってくれればよい。大しておもしろくないものに視聴者を付き合わせないでほしいということである。新人漫画賞の最終選考に残っただけの原稿を「おもしろいおもしろい」と言われながら何本も見せられる視聴者の気持ちにもなってほしいものである。

こういうことを言うと、「嫌なら見るな」と言われそうである。それはその通りなのだが、筆者は、ゴールデンに3時間も枠をもらえるなら、もっとおもしろいことをやってほしいと言っているだけである。

ここまでが総論である。ここからは、今年の話である。

今年は、この「煽り」の演出が特にひどかった印象がある。

まず番組が始まってしばらくは出場者の芸人や応援者からコメントをとったり、過去の優勝作品を紹介したりして、「キングオブコントとそれに出てくる芸人はこんなにもおもしろいんだ」ということが繰り返しがなり立てられる。ここもおもしろくできればいいのだが、「煽り」の演出である以上キングオブコントや出場芸人を褒める形で進んでいく。

そして、何かを褒めても基本的に笑いは生じないので、おもしろくなりようがない(http://mediagong.jp/?p=8317)。ちなみにこの前置きには進行役として陣内智則・小籔千豊・渡辺直美の3人が出ていたが、渡辺直美は全然しゃべれていなかったので反省すべきである。

いよいよ本編に入っても、採点方法の説明や審査員の登場で時間を喰う。審査員は一人ずつカッコいい演出と共に入ってきていたが、司会の浜田が「どうせカッコいい感じで出るんでしょ」「時間がかかるからコンビはまとめて入ってこんかい」という趣旨のツッコミを盛んに入れていた。

浜田も、筆者と同じように過剰な煽りが不要と考えていることの証左だろう。逆に言うと、番組の根幹をも揺るがし得るこのツッコミは浜田ほどのポジションにいる芸人だからこそできることである。

いざコントが始まっても、なかなか番組は思うように進んでいかない。ネタ以外のおもしろくない映像だらけである(まあ、何度も述べている通りネタもそれほどおもしろくはないのだが)。

1グループごとに意気込みなどを聞く煽りのVTRが入るうえに、生放送なので採点にも時間を喰う。採点中の浜田のつなぎトークはワンパターンでおもしろくはない。ここにも、生放送の欠点が噴き出している。

1グループを見るごとに採点なので、統一的な基準の設定も難しい。最初のグループに付けた点数を基準にして、そのグループよりおもしろかったかおもしろくなかったかで点数を上下させる形になりがちである。

キングオブコントは採点方法がコロコロ変わるので、今回導入された方式に特に意見はないが、100点満点は少し数字が大きすぎるのではなかろうか。今回出た最低点は80点だったため、20点満点で足りるはずである。数字が大きすぎると、審査員も微調整が難しいはずである。

*知人の放送作家から来たメール*

ネタを「垂れ流す」は悪意のある言葉である。ただし「仮装大賞」ならば、素人のアイディアの芽みたいなものに対して、担当ディレクターや放送作家が相当に手を掛けて放送できうるおもしろさにまでレベルアップする。

時に面白くないものがあったとしてもそれは素人のネタに生じる凸凹ということで見ている人は目こぼししてくれる。ところがもう玄人であるキングオブコントの出場者に審査主体である番組側がこれをを行うと、不公平が生じる。笑いに人生を殉じている彼らには許せないことだ。司法試験の問題漏洩並みに悪質かもしれない。

しかも漏洩よりたちが悪いのは、もし直すとしても、直す側が正解を知らないことだ。出場者より、すぐれた笑いの才能を持つものがディレクター側にいるとは限らない。断定すると少ない。

これをおもしろくするには、よりすぐれた笑いの才能が必要だと言うことだ。テレビを見ている人は面白いものを見たいだけだ。つまり、コンクール番組は構造上問題をはらんでいるのである。それも含めて、笑いに順位付けをすること自体を明石家さんまは否定する。嫌悪する。

それから演者やテレビ制作者は「そんなに文句があるなら見なければ良い」と言っては絶対にいけない。

二つの理由がある。民放の人は時々、「ただでテレビを見せてやっている」と勘違いしているが、視聴者は商品を買うことで間接的にスポンサーを通して金を払っている。さらに、直接的に莫大なCM料を払って、できるだけ沢山の人にCMを見てもらうことを望んでいるスポンサーがいるのに「見なくてもいい」というのは、裏切り行為だ。契約違反だ。

金主に「お前なんかどうでもいい」と発言しているに等しい。・・・ということも書いてくれとこの文章を読んだ知人の放送作家がメールしてきた。

 

【あわせて読みたい】

The following two tabs change content below.
高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。