<アメトーーク「2015年反省会」>売れない芸人は運が悪いのではなく実力がないのだ


高橋維新[弁護士]

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2015年12月10日放映のテレビ朝日「アメトーーク」のテーマは「2015年反省会」。

実力がありながら今年思うように活躍できなかった芸人たちが、自分の何が駄目だったかを自虐的に語るという内容であり、典型的な「ケナシ回」である。構造的には、芸人たちが対象となっている他者を貶すわけではなく、自分のことを貶す自虐の回だった。

ひな壇に登場した芸人は、品川庄司・TKO・千鳥・ジャルジャルにマテンロウのアントニーとデニスの植野である。アントニーと植野だけはコンビではないが、ハーフ芸人としてよく括られるため実質的にはコンビと考えていい。

彼らは、自分たちがいかに売れていないかを語る。いかにスベってきたかを語る。

筆者のバラエティ評論での持論では、「笑い」というものは、何かをバカにしないと生まれないものであり、常に誰かを傷つける危険を孕んでいると考えている。その中でも、「自虐ネタ」というのは基本的に自分が傷つく覚悟さえあればできるものなので、安全と言えば安全なのである(それでも、自虐している本人を見た親族や友人知人が傷ついたり、本人の自虐のことを聞いて「自分も同じような状況にある」と考えた人がダメージを受けたりする可能性は皆無ではないので、バランス感覚が全く不要というわけではない)。

身を削って笑いをとる彼らのことがふと、かわいそうになる瞬間があるのは否定できないが、プロとしてやっているのだから、彼らのことを存分に笑ってあげてほしい。ただ、やりすぎると飽きられるのもまたその通りであるため、プロとしてはこの点も気を付けねばならない。

特に、品川に関しては、「アメトーーク」に出てくるときは自虐的な話をすることが多いため、筆者は多少飽き気味である。自虐ネタが飽きられると、その次には芸人としての真の地力が問われることになる。

アントニーや植野は、これまでのテレビの出方としては、(今回も述べていた通り)「ハーフとして受けてきた扱い」を自虐するエピソードを出すのが主だったが、それが尽きると、今度は「ネタがなくなった」という自虐をすることになる。

この自虐もなくなれば、あとはもう「ハーフ」という強みを生かせるエピソードが何もなくなるため、丸裸の芸人としての実力勝負になってしまう。

本人たちも今回言っていたが、コンビであるマテンロウもデニスも賞レースでは大した結果を残せていないようなので、「ハーフ」という強みを取り去った時にはアントニーにも植野にも大したものが残らない可能性の方が高い印象を受ける。大したものがないのであれば、アントニーも植野も「ハーフの面白エピソード」を出し尽くした後に消えるということになる。

このようにテレビというのは、タレントのおもしろいところを搾り取るだけ搾り取ったらあとは捨ててしまう残酷なメディアである。ただ、タレントも人気商売なのだから、生き残るためには自分で工夫をする必要があるのである。プロなのだから、そこに文句を言ってはいけないと考える。

今回出ていた他の芸人たちに関しては、筆者はこの「地力」が十分あると感じているので、頑張ってほしいところである。

ただ、テレビはおもしろくないと出られないのは確かである一方、おもしろくても出られるとは限らないのが辛いところである。運が、どうしても必要である。

とはいえこの点を正面から肯定するのは、おもしろいのに運が悪くて売れなかった人にとっては却って残酷な仕打ちになる可能性がある。

だから、敢えて「あなたが売れないのは運が悪いからじゃなくて実力がないからだ」と言ってやった方が親切かもしれない。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。