川上量生の『鈴木さんにも分かるネットの未来』から考えるネット時代のコンテンツとプラットフォーム


齋藤祐子[神奈川県内公立劇場勤務]

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昨年6月に出版された川上量生氏(ドワンゴ)のネットの未来を解説した本「鈴木さんにも分かるネットの未来」(岩波新書)が面白い。

内容はネットの世界のわかりやすい解説本、ということなのだが、コンテンツ(ゲーム業界でいえばゲームソフト、舞台関係で言えばアーティスト)とプラットフォーム(ゲーム業界で言えばそのソフトを走らせる機器またはその販売・流通ルート、舞台関係で言えばプロモーターかチケット販売サイトといったところか)の関係性の考察がよく整理されている。

プラットフォーム間の競合が何をもたらすか、コンテンツ側は今後は何を重視すべきか、などなどの鋭い指摘が満載である。

ところでコンテンツ、これはもう解説不要だがプラットフォームというのはなにか。川上氏の定義によれば、コンテンツを流通する仕組み、更にいうと流通させるコンテンツを決める(審査したり、独自のパッケージにしたりする)ものになる。

これを書籍販売を例に当てはめて考えてみよう。書籍を買うのに、街の書店で買う場合とアマゾンのサイトから購入する場合がある。この場合、コンテンツは書籍、プラットフォームはインターネットの販売サイトまたはリアルな街中の書店(古書販売店を含む)である。

それぞれの強みを考えると、ネットの書籍販売サイトは希少本や限定本、絶版本などを探しやすく、また過去に買った履歴を参照し勝手に「こんな本はどうですか」と薦めてくれる機能がある。カード決済で配送されるため、わずかな隙間時間にちゃっと購入できて面倒がない。

いつも似た嗜好の本を買うことが多ければ、その手の新刊本の情報は探しに行く前から購入履歴をもとに送られてくるかもしれない。確かに、この手軽さに押されて気が付くと街の本屋はかなりの勢いで減っている。

対してリアル書店といわれる街中の書店はというと、なじみの本屋に行って好みの棚のあたりを徘徊し、手に取ってパラパラと眺め、立ち読みする楽しみがある。新刊本を予約したり目当ての本を探したりと手間はかかるが、その途中で思わぬ本をみつけることもある。

本屋の棚作りから面白い本に出会ったら、書店員へのリスペクトを兼ねてしばらくその本屋を贔屓にするかもしれない。作者を招いてのイベント(対談やサイン会)のような販促イベントに参加するのが好きという人もいるだろう。

古書店となると、専門知識豊かな書店主とのよもやま話が楽しみという人もいるかもしれない。なじみの書店員の愛のあふれる手書きポップをじっくり眺めるのだって時間のある時は楽しい。好きな本屋をめぐり、ずっしりと重い戦利品(書籍)を手に遅めのブランチなどというのもお約束で、注文の品が出てくるまでに購入した本をあれこれ眺めるのは本好きにとって至福の時間である。

と、まあ、リアルな書店の楽しさはあるにせよ、いささか時間に余裕がないと書店に本を探しにくのは大変なことも確かだろう。仕事上で必要な本などは図書館であたりをつけて一部を借り、あとはネット書店で中古を含めて調べてなるべく安く購入という人もいることを考えると、図書館というのはリアル書店とインターネット書店双方にとって、ちょっとしたジョーカーのようなものかもしれない。この点は後述する。

アマゾンに対抗して人気作家の新刊本の9割を買い取るという紀伊國屋書店のニュースが話題になったことからも、既存の大手書店がネット書店に相当の危機感を持ち、策を練っていることが知れるが、これが「プラットフォーム」間の競合・競争となる。

対するネット書店は、コンテンツ自体を取りこむ試みとして作家と直に契約し、(つまり紙の本を作らずに電子書籍として最初から出すつもりで)印税を3割出す(紙の本では1割)などということが起きているとのこと。

紙の書籍は、これは実体のあるものだから、ものとしての製造コスト・流通コストが当然かかる。小説なんて紙とペンがあれば(あるいはワープロソフトがあれば)いいわけだが、それでも出版社には製造・販促・流通・販売コストに加えて、コンテンツを生み出す際の製造コスト(作家の制作コスト、作家に伴走する編集者の企画編集コスト、校正コストなど)がいるわけである。

新書で安くスピーディに出すべきか、専門書としてじっくり時間をかけてロングセラーを狙うかなどのフォーマットの検討も必要である。となると出版社もプラットフォームであるということか。近年は取次(以下で詳述)を通さない中抜きの出版社なども出現している。

出版には取次制度(いわゆる書籍の卸がおり、書店は在庫を抱えずに委託販売する。要するに売れた本の手数料をもらう仕組み)や再販制度(書籍は新刊の場合は定価でしか販売できず、割引などができない)という特殊な制度がありそれに守られてもいる。

となると書籍の卸である取次が販売のプラットフォームで、その下に各書店が販売のプラットフォームとしてぶら下がっているといえるだろうか。当然、販売力の強い書店には取次からは多くのベストセラー本が販売委託されるなどもあるのだろう。

そう考えると、書店というのはプレイガイドのような販売会社である。小売りではあるが、買い取りではない。要するに取次から預かって販売しているだけなのだ。売れ筋の本は多く仕入れたいし、回転の悪い専門書は置きたくない。

だから、街の小さな書店は売れやすい雑誌と新書や文庫、コミック本、あとはハウツー本や小学校の課題図書ばかりになり品ぞろえに個性がなくなる。ちょっとひねった本はない。一方で大手書店はもう少し体力があるので専門書なども置いてあるし、様々なブックフェアや著者のサイン会などのプロモーションを仕掛けて販売強化することもある。

さて、書籍の流通は長年大手取次会社の寡占状態だった。つまり旧来のプラットフォームの力が強く、ほぼ競合がないまま長年書籍の販売は続いていた。だから、それ以外の販売チャンネルがネット書店によってもたらされた際はまさに黒船来襲で、多くのことが激変した。

ネット書店には、書店なら当然必要な店舗経費(家賃、光熱水費、店番などの人件費などなど)がほとんどかからない。24時間365日、販売の機会を逃さずに済む。下手なプロモーションよりも、地道に購入履歴や検索履歴に応じてお勧めを繰り返す方が(機械なので人件費もかからず、労働時間も気にせずに)販促の費用対効果は高いだろう。

だいたい、書籍などというものは安売りやバーゲンはなじまず、店頭で説明すれば売れるという性質のもでもない。店員は聞かれればこたえられるよう、静かに客の邪魔をしないように控えているしかない。その点、ネット書店は無料の批評・口コミ機能をつけることで、手に取れないというネット書店の最大のデメリットを解消しようとした。

これも、書籍好きたちの交流サイトと考えてもらえれば(ひどい荒らし=明らかな宣伝や、不当な誹謗・中傷を削除してまわるコストさえかければ)無料でそこそこ適確な評判が積みあがるし、内容に対するちょっとしたコメントも読めるというものだ。これがリアル書店での書店員のおすすめ本の手書きポップ(大手書店で見かける書店員の書籍紹介)の代わりをする。

そのほか、手に入りにくい絶版本や希少本、趣味の本などは、そもそも対象者が限られており、しかも全国から(場合によっては海外からだって)集客できる点で、リアル書店を出すよりも効率が良い。

これに対抗するのは、ちょっと考えてもかなり大変だろう。おそらくは、古書店のおやじのように相当の専門知識があり、その専門ジャンルに対する愛情やら書籍にまつわるエピソードまで含めた薀蓄があれば対抗できるのだろうが・・・。

とはいえ、書籍に関しては販売以外の部分では、出版社をはじめまだまだ多くの仕組みはリアルな世界がコストを負担してる。川上氏も全てのリアル書店がなくなればそれはそれでショールームとしての機能がなくなり、書籍へのアクセスが結果的に減り販促にはマイナスと述べている。

インターネットは興味のあるものしか検索対象にならず、そもそも興味のない人に売り込む手段としては全く使えないものだからだ。というわけで、アマゾンなりアップルなりが(通販の会社がショールームを持つように)ショールームとしてのリアル書店を出すのではないか、というわけだ。

おそらくそこは作家のサイン会などのイベント開催会場にもなるのだろうが、そう考えると、旧来の業界だけがその業界を成り立たせる多くのコストを負担しており、ネット書店はある種、そこにただ乗りしているともいえる。この指摘はおそらく多くの他の業界にもあてはまるのではないだろうか。

さらに、ここで先に触れた図書館がジョーカーのように浮上してくる、というのが筆者の意見だ。大手出版社の新潮社を旗振り役になり一部の作家からも図書館がやり玉にあげられ、レンタルDVDのように発売後1年は新刊書の貸し出しを自粛せよ、などという声明を出すの出さないのというニュースが昨年10月にあった。

しかし、買うほどではないがよく知らない作家の本を手にしてみる、立ち読みのようにまずは読んでみる、ということに躊躇なくトライできる点、絶版になった少し前の良書に出会う機会のある点、書籍を体系的に分類・解説できる専門員(司書)がいる点などから考えれば、図書館も(無料の貸本屋という誹謗はあるが)書籍のショールーム=書籍へのアクセスと普及の保証、の役割を十二分にはたしているともいえるのではないだろうか。

もちろん図書館自体が年間で相当の書籍購入をする消費者でもあり、文芸誌などは全国の図書館購入がなくなれば相当の部数が減少するのではないだろうか。図書館は、レファレンス機能(調査のための専門家がアドバイスする)もあり、書籍の販売こそしないが、分類も整理も調査もなされコンテンツの流通に寄与する総合的な書籍のプラットフォームともいえよう。これは書籍業界限定のかなり特殊な部分である。

最後に川上氏がクリエイターやコンテンツ制作会社がプラットフォーム側から死守すべきこととして上げている点に言及しよう。コンテンツ制作側はプラットフォームとの付き合い方、交渉の仕方などの戦略が必須だが、今後は、コンテンツそのものよりクリエイターとの交流のほうにファンはお金を使うのではないかというのだ。

となると、クリエイターはファンとのダイレクトなコミュニケーションのためのツール(ファンクラブなどのプラットフォームや、DMリスト、ラインのアカウントなど)を手放すべきではなく、いつでも自分たちのファンに向けて直接メッセ―ジやプロモーションを送るルートを確保すべきだというのだ。

確かに、それによりプラットフォームとの交渉権はクリエイターの側に保持される。それがなければ、結局は販促をしてくれるプラットフォームに依存していくことになり、自分のコンテンツを独占するプラットフォームが他社との競合に敗れた瞬間に、積み上げてきたファンを失うことにもなりかねない。

ここまでは書籍業界を例に取ってみた。これを音楽業界(最近はCD販売というよりネット配信が主流になりつつある)、舞台芸術関係(こちらはチケット販売がネット移行したが、そもそもライブが主体のため、ライブビューイングなどにネットの可能性が開けているがまだまだなところがある)、と業界ごとに当てはめてればインターネットのインパクトとプラットフォーム間の競合や力関係をある程度分析することができる。自分になじみのある業界で試してみることをお勧めしよう。

 

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齋藤祐子

齋藤祐子(さいとう・ゆうこ) 1984年、筑波大学卒。現在、文化施設に勤務。文化政策や現代美術、落語等の分野に関心が深い。