<杉並区議「同性愛は趣味」発言>「性的指向=趣味ではない」理論こそ危険なロジック


藤本貴之[東洋大学 教授・博士(学術)/メディア学者]

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杉並区議・小林ゆみ氏がゲイやレズビアン、バイセクシュアルなどの性的指向を「趣味」と発言。このことに対して批判が展開、「炎上」しているという。

豊島区議・石川大我氏(社民党)は、「性的指向はほぼ生得的なもので、個人的趣味ではない」として、小林氏の発言を「誤解と差別に満ち溢れた質問」として批判。乙武洋匡氏も「みずから選べない特性を趣味とは言わない」として批判している。

もちろん、「ゲイ、レズ、バイ」といった、時に当事者に不快感を与える形容を使って議会の質問をしたことや、誤解を受けそうな表現があったことに対しては、ナイーブな問題だけに慎重さは求められる。その点は政治家として大いに反省すべきだろう。

しかし、その一方で、「おや?」と思うこともある。もちろん、批判したり、騒いでいる側に、だ。

小林氏を批判している側のロジックや「炎上」の流れを観察していると、一部の失言を拾い上げ、それを拡大して「批判のための批判」を一生懸命に構築しているとしか思えないものがあるからだ。そればかりではない。そもそも「性的指向=趣味ではない」という理論が、冷静に見ると破綻しているように思える。

例えば、「性的指向はほぼ生得的なもので、個人的趣味ではない」「みずから選べない特性」という石川氏や乙武氏の批判発言。これが意味することは、「性的指向は生まれもったもので、自分の意思ではどうしようもない。これを趣味のように自分で選択できるものと同等にするな!」という反駁だろう。

確かに、「性的嗜好」と「性的指向」は異なる。

しかし、世の中には人を殺すことでしか快楽を味わえなかったペーター・キュルテン(殺人を含む80件の犯罪で死刑)のようなシリアルキラーたちがいる。彼らの場合、殺人・強姦が「みずから選べない生得的な性的指向」のケースも多い。

切り裂きジャックのように、強姦殺人を自己目的化した凶悪な快楽殺人犯などの「どうしても止められない生得的な性欲に基づく快楽殺人への衝動」は趣味や嗜好ではない「指向」だろう。ネクロフィリア(死体性愛)などの類もそうかもしれない。

そう考えると、「性的指向=趣味ではない」理論は、こういった異常犯罪者の性的指向をも「自分では選択できない、やむを得ないモノ」と受け入れざるを得ない危険性がある。社会的には、これはこれで危険だ。

「やむを得ない」から減刑されるとか、「自分では選択できない」から厳罰にできないとか、そんなことだけがまかり通るのもおかしな話だ。そもそも「生得的か、習得的か」などは判定することも困難だ。心神喪失などを演じて情状酌量や減刑を目指すテクニックはよくある話だ。

そう考えると、多くの快楽殺人犯たちが生得的な「快楽殺人者たりうる性的指向」を持つとすれば、みずから選ぶことができない、趣味ではない。つまり、治らない、治せない、選べない、どうしようもない、やむを得ない、ということになる。・・・もちろん、こんなロジックに賛同できる人はいないはずだ。

性的マイノリティとシリアルキラーでは比較にならない! 誤解を生む危険な形容だ!・・・という反論や異論は大いに理解できるし、その通りだが、「性的指向=趣味ではない」理論に基づけば「自分の意思ではどうしようもない」という意味で、やはり同じになってしまう。

もちろん、筆者は、「恋愛感情」と「快楽殺人の欲情」を同列に扱いたくないし、まったく別物だと思っている。だからこそ、「性的指向=趣味ではない」理論はよからぬ誤解を蔓延させる不寛容で危険なロジックであると感じた。もし、これを「批判のための批判」として利用しているのであれば、さらに危険だ。

その意味では、「あらゆる性的指向は趣味であり、個性である」という発想の方がはるかに健全であるように思う。社会や他人に迷惑をかけない限り、「多様な趣味、多様な性のあり方を特別視することなく容認できる社会」とその空気作りを目指すことこそ急務だ。

あえて突っ込むとすれば、趣味には「悪い趣味」と「良い趣味」がある。

「人を殺すことを我慢できない」とか「痴漢が何よりも快楽」とか「万引きが快感で止められない」というような人は、「悪い趣味」を持っているのだ。そんな「悪い趣味」は持ってはいけない。一方で、同性愛は「悪い趣味」ではないのだから、胸を張って楽しめば良い。むしろ、それを否定したり、非難することはゲスな「悪い趣味」だ。

「悪い趣味」さえ持たなければ、どんな趣味だって容認されることが素晴らしい社会の条件の一つだろう。逆にどんな趣味が「悪い趣味」であるかは警察が知っている。

もちろん、小林氏の政治家としての「誤解を受けるような発言」には感心できない。そこには細心の注意を払うべきだったのだろう。しかし、それを逆手にとって、何かにつけて「差別だ、差別だ」と騒いだり、発言全体から「趣味」という一部分を抽出して批判したり、炎上させたりするメンタリティは本当に「悪い趣味」だ。

それを踏まえた上で、多様な性のあり方、多様なセックス文化を「趣味」として公言できる寛容さこそが、性差別や「誰にでもあるはずの性的指向」への偏見をなくすためには重要なことだと思う。

 

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藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『だからデザイナーは炎上する(中央公論新社)』『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。