<人工知能の時代には人格が大事>Nスペ「天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」[茂木健一郎]


茂木健一郎[脳科学者]

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5月15日にNHK総合で「人工知能」の番組『NHKスペシャル「天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」』が放送された。羽生善治さんがナビゲーターということで、とても楽しみにしていた。

人工知能の急速な発展については、社会の中でかなり認識されていると思うが、では、人間はどうすればいいのか、ということについては、あまりコンセンサスがないと思う。私の説は、人間は人格(personality)がより問われるようになるというものである。

最近の人工知能の発展は、つまり、ムーアの法則によって高機能化したCPUによって、従来の学習則を特定の文脈(例えば囲碁とか、自動運転とか)に当てはめた時に、評価関数を最適化することが可能になったということに基づく。

ディープラーニングが喧伝されているが、学習則自体に画期的な新しい発展があったわけではなく、あくまでも文脈が特定された中での最適化が、より深く強くできるようになったということに過ぎない。しかし、それは十分に驚異なことである。

【参考】<素のままの感情表現>ベッキーの言葉がなぜ共感を呼んだのか[茂木健一郎]

なぜ、人工知能の時代に人間の人格が重要になるのか。人格とは、つまりは、人生のさまざまな課題に対する、資源の配分の癖のようなものである。仕事ばかりの人もいれば、5時から男、みたいな人もいるだろう。そこにその人らしさが表れる。

人工知能ならば、例えば将棋という一つの課題を与えられたら、その文脈で、100時間でも1000時間でも連続して集中するだろう。人間はそうは行かない。将棋への集中以外にも、解くべき人生の課題があるからだ。

将棋の棋士は、盤面に集中するだけでなく、ごはんも食べるし、社交もあるし、恋も、家庭も、子育ても、さまざまな複数の文脈にまたがる課題を解かねばならず、そこにおける資源の最適配分は自明ではない。

それぞれの人の人生を、複数の課題にどのような資源配分をするかという問題として考えた場合、正解は一つではないし、その配分の仕方にその人らしさ、人格が表れるのであって、それは、人工知能の問題ではない。少なくともかなりの長期間の当分は。

人工知能の全盛の時代には、人格が大事だというテーマは、昨年のTEDx Tokyoでお話させていただいた。その後も、定量的で実装できる人格モデルについては、考え続けている。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。