NHK朝ドラ「とと姉ちゃん」に感じる違和感

河内まりえ[ライター]
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NHKの連続テレビ小説「とと姉ちゃん」を毎日観ていると、違和感が日に日につのってゆく。
「とと姉ちゃん」で増幅する違和感の根源は、主人公・小橋常子(高畑充希)一家があまりにも過去を振り返らなさすぎる点にある。
もちろんドラマの話である。しかも、限られた時間で、話を展開させていかなきゃいけないのだから、脚本上、毎回こまめに過去を振り返るような描写は難しいのかもしれない。
それでも、普通に生きていたら、過去を思い出すことはたくさんある。「とと姉ちゃん」はSFや特撮ではないのだから、ドラマとはいえ、展開上違和感のない、自然な描写は重要だ。
例えば、第19週の放送「鞠子、平塚らいてうに会う」で放送された鞠子の結婚式のシーンにはがっかりした。出て来てもいいはずの青柳商店の人が参列しないのだ。また、常子は、妹の鞠子が結婚することで、かつてプロポーズされた星野武蔵(坂口健太郎)のことを思い返すこともない。
結果、過去を思い出す余裕さえ与えずに展開していく話に全くついていけなくなってしまう。
【参考】<「とと姉ちゃん」という矛盾>NHKが広告をやらないなんてウソ
主人公の生きた時代は、戦争を生き抜いてきた激動の時代である。主人公一家は、東京大空襲で被害のあった深川のことさえ、まるで忘れ去ったかのように、全く振り返らずに、「戦後編」がどんどん展開していく。もはや「前向き」という言葉だけでは片付けられない展開だ。
幼い頃から、東京大空襲の話を聞いてきた下町生まれの筆者としては、焼失した深川の町並みを振り返ることすらないなんて考えられない。それとも、ドラマの世界では、日々の暮らしのことでいっぱいで、大切にしてきたはずの思い出さえ、振り返る余裕がなかいのか。そこまで深読みする必要があるのか? と深読みしてしまったぐらいだ。
深川の思い出も、森田宗吉(ピエール瀧)との再会の場面でやっと思い出話として少しだけ取り上げられるだけだった。
過去を振り返らなすぎる主人公には、さすがに全く感情移入ができない。ドラマの展開にはひたすら違和感がつのり、ついていけなくなってしまう。その結果、ドラマ内のエピーソードを観ていても、「どうせ主人公が忘れてしまうんだよね」と思ってしまい、真剣に観る気が失せてしまう。
登場人物が後で再登場するケースもあるが、主人公がすっかり忘れてしまった頃に唐突に登場しているようにしか見えず、違和感しか残らない。「ととねえちゃん」において、唐突に登場して話を引っかき回しても許されるのは、神出鬼没な常子の叔父、小橋鉄郎(向井理)くらいではないか。あとは不自然なだけだ。
第20週で、主人公の初恋の相手・星野が再登場するが、また唐突に登場して、違和感の残る展開を繰り返す残念な結果にしないでほしい。
 
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