<日本のアナウンサー文化に疑問>なぜアナウンサーは本音が言えないのか?


茂木健一郎[脳科学者]

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先日、「『アナウンサー』って英語圏では言うっけ?」と、ふと思ったんだけど、一応項目はあった。でも、ニュースを読む人はnews readerで、番組の司会だったらpresenterとか、MCとか言う気がする。

それはさておき。

ぼくが、以前から講演会とかシンポジウムの時にすごく疑問なのが、日本的な「MC」の方がお話になる時間帯。あれは、もともとは諸外国にもあったのだろうけれども、どうも、日本的な独自の発展を遂げているようにも感じる。

フリーのアナウンサーの方とかが「本日は・・・でありがとうございました」などとおっしゃって進行するのだけれども、その口調とか、トーンとか、お話になる内容が、「つつがなく」というか形式主義で、要するに実質的な内容が何もない。

【参考】<アナウンサーへ、立ち姿に「点」を>テレビで見ていて「不安定」な人、いませんか?

本当は、その方の肉声が聞きたいのである。ちょっとジョークを言ったりして、場をなごませるのもいいと思う(実際、ショーのプレゼンターの役割は、リッキー・ジャーヴェイスなんかやり過ぎだけど、ジョークを言って沸かせることだったりする)。

どうも、日本におけるアナウンサーやMCのイメージは、自分の内面を消して、ある役割を演じる、という文化に偏り過ぎている気がして(外国にもそういうのはあるけど、そうでない流れもある)もったいない。今の時代には合わないような気が、しばらく前から(というか10年くらい前から)している。

内面を消して、ある役割を演じることの問題の一つは、その方の内面を表現する時の、「市場の中での鍛えられ方」の機会逸失かと思う。何か言えば、当然いろいろな反応が返ってくるし、その中でまずい、ということもあると思うのだけれども、消していると、そのようなフィードバックの機会がない。

だから、アナウンサーの方が、珍しく本音を言われたり、ブログで書かれたりすると、「あちゃー」となってしまうというような事象も起こるのかもしれないと思う。普段から、自分の本音を言って、内面を市場の荒波で鍛える訓練をされていれば、そんなこともないと思うのだ。

  (本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。