変化する家族を描く小津映画と変化しない「サザエさん」

茂木健一郎[脳科学者]
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小津安二郎監督の代表作『麦秋』(1951)、『晩春』(1949)、『東京物語』(1953)、『秋刀魚の味』(1962)は、一貫して「家族の崩壊」を描いている。結婚や死別を通して、今までの前提になっていた人間関係が崩れ、その後に残る孤独を描いているのである。
家族は、常に変化する。子どもたちは大きくなるし、結婚すれば家を出ていく。家族の団欒は、ごくありふれた日常だけれども、そこに、人間の幸せの原点があって、それが時間の経過とともに変わっていく運命にあることを、小津さんは静かに描いた。
小津さんの描く家族のあり方は、あまりにも日本的に見えるが、そこに普遍的な人間のドラマがあることは、小津作品が世界的に受け入れられて、映画人の中では「神」の領域にあるということからもわかるだろう。
【参考】「サザエさん」から考える日本のテレビの問題点[茂木健一郎]
一方、「サザエさん」では、何年経っても、同じ家族のあり方が描かれる。サザエさんも、マスオさんも、カツオも、ワカメも、タラちゃんも、みんな同じような年齢で、無限に続く日常の中で、さまざまな出来事、騒ぎに巻き込まれる。
日曜の18時30分から、「サザエさん」はいつまでも変わらぬ家族のあり方を描く。しかし、それを見ている実際の家族は、時々刻々と変化していく。幼子はやがて声変わりして、親離れし、社会人になって一人前の人間として親をいたわるようになる。その間、「サザエさん」はずっと変わらない。
小津安二郎の映画と「サザエさん」は対象的だが、家族のあり方を描いている点においては同じである。実際の家族は、小津さんが描いたように時々刻々変化していくが、私たちの心のどこかに、「サザエさん」のように、永久に変わらない家族のあり方がある、いやあって欲しいと思っているのだろう。

 (本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 
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