<物故作家の作品は売れない?>作家と作品の距離は遠ければ遠いほど良い


茂木健一郎[脳科学者]

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創造性とは、自分の中から何らかの「作品」が生み出されることである。

自分自身は「一人で世の中を流通する」といってもその様態には限界があるが、作品は自分から離れて流通することができるから、ある意味では自分を超えている。

すぐれた創作物は、世の中に出た時に自分から独立する。「あの人がつくった」という注釈なしで、すっくりと立っている。つまりは自分自身ではないものを生み出すのが、創造のプロセスなのである。

創造者から独立して存在し得るからこそ、創造物は価値を持つ。逆に言えば、たとえばモーツァルトの作品と本人の間にギャップがあるように、生み出した人と作品の間に距離があるものほど、信頼することができる。

【参考】もったいぶった大人ほど「創造性」から遠い

『接吻』などのクリムトの作品と、猫を抱いてこちらを見ている本人の有名な肖像写真の間にギャップがあるからこそ、ああ、このひとは本物なのだと信頼できる。逆に、いかにも、らしい、という作品は超えていないことが多い。

作品と本人の間にギャップがあるということは、つまり、作品とは時にしてデトックスなのかもしれない。本人にとって「毒」のようなもの、もはや体内にとどめておけないものを排出することが、結果として作品になるのである。

物故作家の作品はとたんに売れなくなると編集者たちは経験則から言う。作家が生きている間は本人というエンジンがあるが、亡くなってしまうと作品が独り立ちできていないのだろう。

作家と作品の距離は、遠ければ遠いほど良い。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。