映画「グレイテスト・ショーマン」単なる成功物語では物足りない


保科省吾[コラムニスト]

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上映中の映画『グレイテスト・ショーマン』(The Greatest Showman:マイケル・グレイシー監督)は、サーカスの原型をつくったことで有名な実在の興行師・フィニアス・テイラー・バーナム(Phineas Taylor Barnum:1810〜1891)の生涯に想を得たフィクションである。

まず、ミュージカル俳優の層の厚さに度肝を抜かれる。楽曲も映画館を出てから、つい口ずさんでしまうほどすばらしい。映画としての完成度は高い。しかしながら、それでも少し物足りない点もある。それはストーリーがご都合主義である、ということだ。

貧乏な仕立屋の息子バーナム少年は、身分違いの大金持ちの令嬢チャリティと知り合い、恋に落ちる。二人は親の反対を押し切って結婚。ニューヨークで貧しい暮らしを始める。

そして、バーナム(ヒュー・ジャックマン)が大金を稼ぐために目に付けたのは、フリークス(freaks)を見世物にするサーカスだった。小人症の男、大男、髭の濃い女、結合双生児の兄弟など、世間から隠れるようにして生きていた様々な人を集めたショーは大評判を呼んだ。

バーナムは親にさえ疎まれているフリークス達の生活の場を与え日の当たるところに出した人物として描かれるが、もちろん、実際はそんなに単純なものではあるまい。映画ではフリークス(単なる黒人も含まれてる)そのものを「街の恥さらし」と毛嫌いする民衆の差別感は描かれるが、見世物にすることの是非は問われない。

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「ただの見世物ではない、ショウとして成立させているのだ」と言うことを映像で伝えようとしているのは分かったが、やはり、それだけでは足りないように思う。バーナムは、単純なフリークスの救世主ではないはずだし、そこになんらかの葛藤があったはずだと思うが、そこは描かれず、次なるステージに進んで行く。

おそらく、筆者には本作のそういうところが「物足り」と映ったように思う。フィクションだからどう描いても構わないとはいえ、バーナム自身にももっと山師的な狡さやインチキ臭さがあったはずである。そういう人物造形が成されぬまま進んでいくので、結局、単なる成功物語になってしまっていることは、筆者にはどうしても物足りなかった。

もちろん、これらはあくまでも筆者の感想である。ぜひ一度自分の目で見て、判断して欲しい。

 

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メディアゴン 編集部

メディアゴン編集部(めでぃあごんへんしゅうぶ)2014年5月末日、東京生まれ。メディア批評・メディア評論に特化したメディア専門家によるメディアニュースサイト。キー局プロデューサー、ディレクター、イベントプロデューサー、放送作家、大学教授、評論家、ゲーム作家、弁護士・・・などなど、メディアの第一線で活躍する人材が活動中。