契約書も口頭契約もないけど「吉本NSCはコンプライアンスを教えてる」

エンタメ・芸能

両角敏明[元テレビプロデューサー]

***

ジャニーズのジャニーさんは自社のタレントを「ユー」「ユーたち」と呼びました。吉本の岡本社長はタレントを「お前」「お前ら」と呼んだりします。その傲慢さは「懐かしい」と言うか「いまだに」と言うか、煎じ詰めればやはり吉本はすごい会社です。

ふた昔ほど前のある日、親分肌で言葉も態度も乱暴、それでいて人情家と愛される名物プロデューサーがスタッフ全員を集めてこう切り出しました。

「昨日までの事はすべて忘れてくれ!」

当時は世の中がコンプライアンスだ、ガバナンスだ、セクハラだ、パワハラだ、と大騒ぎをしている時期で、どの企業も法令遵守と企業統制、社会貢献により企業価値を高めることに懸命でした。放送業界でも各社が研修やセミナーをくり返し、組織や個人の意識改革を進めていました。その流れで、このプロデューサーのような振る舞いは完全にアウトであることが常識となり、プロデューサーは自分のキャラを変えざるをえない事態に追い込まれての「昨日までの事はすべて忘れてくれ!」発言でした。

それはふた昔も前のことです。記者会見での発言内容、言葉遣いを聞いていると、吉本の社長さんは今日までこうした社会の流れを感じる事なく生きてこられたんだなあと感じます。社長さんの口から出る「ファミリー」とか「人情」とか「人と人との関係」とかいった言葉は、吉本がコンプライアンス、ガバナンスに反し、ハラスメントが存在することの言い訳であることを強く窺わせるものでした。その意味で企業としての吉本は、時代から肝心なところを学ばないまま今に生き残ったガラパゴス企業なのかも知れません。そのひとつの象徴が芸人との関係性です。

吉本の芸人やタレントは基本的に個人事業主です。吉本とは対等な立場での取引関係にあります。しかもこの個人事業主は口達者なクセ者ぞろいですが、そのクセ者に「お前」「お前ら」と面前で言える、昔ながらの力関係を維持しているのですから吉本の管理ノウハウは他ではありえない途轍もないものです。その数6000人、しかもそのほとんどが事実上「無契約」のようなのですから驚きです。かなりの売れっこ芸人がその実態を語っています。

*ハリセンボンの近藤春菜「口頭でも契約は成立するっておっしゃってましたけど、私は口頭でも聞いた覚えないですし、会社の取り分とかほかの部分に関しても何もない。私は養成所(NSC)に入って、そのままなんとなく流れできて。これで納得している芸人っていないと思います」

*友近「口頭の契約も結んでいないんですね、私たちは。だから契約内容を知らないんですよ。私もNSCに入って、ネタ作ったら舞台に上げてくれて、それで番組に呼ばれて、そこからふわーって仕事をもらい始めて、私は吉本所属でいいのかなあ・・・で20年来ている」

このとおりなら「契約書がない」どころか「口頭契約」すらありません。他の芸人さんのコメントを聞いていても、彼女らが例外とは思えませんので、吉本芸人の多くは事実上の無契約状態と言ってもよさそうです。これまでよくも爆発しなかったものです。爆発させないノウハウが吉本にはあるのでしょう。

【参考】本当に大事なのは『在京5社、在阪5社のテレビ局は吉本の株主だから大丈夫やから』発言の真意。

もうひとつの側面として、NSCを卒業すると無契約のままなんとなく吉本の芸人として認めるということは、管理できるはずもない数千の芸人が吉本所属と名乗ってもOKということです。このやり方だと芸人と呼べるのかどうもアヤシい稼ぎのない末端の若者がなにかトラブルをおこした場合でも吉本にはそれなりの責任が及びます。ふつうの企業はそんなアホなリスクは負いませんが、それをものともしないノウハウが吉本にはあるのでしょう。

しかしさすがのガラパゴス企業の伝統的ノウハウにも限界が見えてきたようです。今回、現代企業の常識を吉本の実態にあてはめれば、コンプライアンスを中心にかなりの問題を抱えていることが露呈しました。

たとえば、成文規則としてすべての直(裏)営業を厳密に禁じているのかどうかも不明瞭、肝心の反社会的勢力対策もアヤシげです。株式会社の経営・人事に株主でも役員でもない何人もの芸人が口を出し影響力を行使しています。さらに社長は300人を集めた記者会見で明らかなパワハラ発言を連発。

雇用関係もない相手に「クビ」と言い、対等な取引先である個人事業主を使用人扱い。問題を起こした個人事業主には一方的に契約解除を通告、それで契約関係がなくなった相手の承諾もなく契約解除の撤回を公表、その後撤回の撤回を匂わせるなどなど、次から次へとグダグダが表面化しています。やはり吉本には企業体質の転換が必要なのだと思います。

吉本の強大な力は次々と生まれる猛獣、珍獣たちの「笑いの貴重生物」により支えられてきました。その愛すべき猛獣、珍獣たちをリスペクトし、彼らが時代と社会に適応して活躍するようマネジメントするのに、人権感覚やコンプライアンスが邪魔というわけもないでしょう。

岡本社長の「テープ回してるんとちゃうやろな」にはまったく笑えませんでしたが、元吉本芸人のNSC講師が「NSCはコンプライアンスも教えている」と言ったのには笑えました。

ちゃんと教えてるんやん。灯台下暗し・・・。さがしものは足もとにあり、学びの先に大きな笑い声がありそうです。

 

【あわせて読みたい】