<コロナ巣ごもりは名作映画を>『七人の侍』は公開当時は年間3位?

高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]

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コロナ禍の巣ごもりで、時間だけはある。だが、筆者は65歳なので残り時間はあまりないと言えば、ない。そんな時は映画を見る。ただし、時間の無駄をしたとがっかりするような映画は見たくない。で、おのずから、世の評価の高い映画を見ることになる。

世の評価の高い映画と言えば、多くの評論家が、生涯のベストワンにあげる『天井桟敷の人々』(マルセル・カルネ監督)である。もちろん、それも観たわけだが、その結果、筆者は『天井桟敷の人々』を第1位にあげる評論家は信用しないことに決めている。

さて、筆者のベストワンといえば『七人の侍』(黒澤明監督)である。しかし、この『七人の侍』が、公開当時の年間ベストワンでないと知った時はびっくりした。1954年(昭和29年)のキネマ旬報、第28回日本映画ベスト・テンを見てみる。

1.二十四の瞳(木下惠介監督)

2.女の園(木下惠介監督)

3.七人の侍(黒澤明監督)

4.黒い潮(山村聰監督)

5.近松物語(溝口健二監督)

6.山の音(成瀬巳喜男監督)

7.晩菊(成瀬巳喜男監督)

8.勲章(渋谷実監督)

9.山椒大夫(溝口健二監督)

10.大阪の宿(五所平之助監督)

きら星の如き映画が並ぶ。日本映画の黄金時代だと感じるラインアップだ。海外では優れたアクション映画とも評価される『七人の侍』より、感動を呼ぶ『二十四の瞳』が上だと評価する人々が多いのは納得できる。この映画は見る人に「泣け、泣け」とは決して言わない。決して言わないが、いつのまにか涙がこぼれている。感動するから泣いているのではなく、涙がでるから悲しい映画だ。

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『七人の侍』の舞台は戦国時代末期のとある山間の農村。野武士に襲われる村を守り死んでいく侍達の物語である。野武士との戦いに何とか勝った侍達の頭目・島田勘兵衛(志村喬)がつぶやく最後のセリフが印象的だ。「勝ったのはあの百姓たちだ。わしたちではない」社会の最下層とされる百姓こそ日本を支えているのだ。

『二十四の瞳』の舞台は小豆島、岬の分教場。1928年(昭和3年)から1946年(昭和21年)までの18年間。女先生(大石先生役・高峰秀子)と子供たち交流を描く。軍国主義が色濃くなるなか、不況が襲い、登校できない子供も出てくる。戦争が始まり、男の子の半数は戦死、女先生先生の夫も戦死してしまう。戦争が招く理不尽な格差、死に近い人々。時代は違うが歴史は繰り返すのか。『七人の侍』と描かれているテーマは似ているとも言える。映画は女優で見るという人にとっては高峰秀子の姿がまぶしい。

映画が公開されたのはともに戦後9年の1954年(昭和29年)である。筆者はまだ生まれていないが、この時代を生きた人々は時代背景を背負って両作を見たわけで、その点においてのみは、うらやましいと思う。

 

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