<テレビ番組の過剰テロップに疑義>視聴者は現在のようなテロップだらけの画面構成を望んでいるのか?


影山貴彦[同志社女子大学 教授/元・毎日放送 プロデューサー]

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最近のテレビ、ますますうるさい。

音量のことではない。テレビ画面に表示されるテロップの過剰さのことである。出演者の発言をいちいち画面に表示する。もちろん、演出として巧みなテロップ表示も見受けられる。でもほとんどは、「出さなくてもよい」テロップのように私には映る。

番組のクライマックスになったところでコマーシャルを挟む、いわゆる「山場CM」や、コマーシャル明け、ご丁寧にさきほど観せられたシーンを再び繰り返す「CMまたぎ」も現在のテレビの「悪しき風習」だが、こちらは視聴者の強い反発もあって、少しづつ減っているようにも思われる。だが、ことテロップに関しては、減るどころか、ますます増えている。

あらかじめ申し上げておくが、耳の不自由な方への字幕放送とは全く違う話である。こちらは、さらなる充実が求められていることは言うまでもない。

ある会議で、制作プロダクションの社長が、

「今、来る日も来る日も画面にテロップを入れる作業のみをしている若手ディレクターがいます。そういうスタッフの努力をなんとか評価してやりたい」

とおっしゃった。それを聞いて、正直驚いた。今はそんな分業体制に制作現場はなっているのか。筆者がディレクターをしていた頃は考えられなかったことである。そして、テロップを「出したくて出している」制作者は、必ずしも多いわけではないのだ。

筆者が委員を務める番組審議会でも、ほぼ毎回のようにテロップの過剰表示が話題になる。出席している番組プロデューサーたちの中には、

「出来れば出したくない場合もあるんですが、視聴者が望んでいると考え・・・」

と言葉を濁す人もいる。

果たして、視聴者は現在のようなテロップだらけの画面構成を望んでいるのか?「山場CM」や「CMまたぎ」ほどのはっきりした嫌悪感はないにしても、過剰感は抱いているのではないか。テロップ表示が数多くあれば、視聴者は楽である。ただ視聴者がどんどん楽に、横着になることは、エンターテインメントを満喫することとは別の次元の話のはずだ。娯楽だからこそ、頭を、想像力を働かせることが重要なのだ。

作り手のために、受け手のために、そしてこれからのテレビのために、「テレビテロップ、減らしませんか?」を提案するものである。

 [メディアゴン・高橋秀樹のコメント]昔は『画面を汚すな』と言って、過剰テロップは、きつく叱られたものです。

 

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影山貴彦

影山貴彦(かげやま・たかひこ)同志社女子大学 学芸学部情報メディア学科・教授。早稲田大学政治経済学部卒。専門は「メディアエンターテインメント論」。毎日放送(MBS)プロデューサーを経て現職。日本笑い学会理事。著書に「テレビのゆくえ」「おっさん力」「百恵讃」「社会人大学院生入門」など。