岡村隆史・バナナマン日村・ザキヤマは持っているけど、有吉弘行やタモリは持っていない「フラ」って何?


高橋維新[弁護士]

 

芸能人には、「フラ」を持っている人と、持っていない人がいる。

  • 岡村は、「フラ」を持っている。
  • 有吉は、持っていない。
  • ザキヤマは持っている。
  • 日村も持っている。
  • タモリは持っていない。

なんだかつかみづらい「フラ」であるが、一言で言ってしまえば、「フラ」とは、笑いの対象になるような、外見が放つ面白みや明白な特徴のことである。

見た目で言えば「チビ」「デブ」「ハゲ」「ブサイク」が代表的なところである(筆者はこれを4大フラと呼んでいる)。他にも、「ガリ」「ノッポ」「オカマ(外見上明白である必要があるので、どう見ても男なのに女の恰好をしている、だとかに限定される)」「服がダサい」「ひげが濃い」「しゃくれている」など、細かく考えていけばいくらでも例は出てくる。

「フラ」という言葉の語源は、「フラフラしている」だとか「フラワー(華)」だとか、いろいろな説があるようだが、筆者は何か裏付けがあるような理論や根拠は今のところ知らない。

岡村は、「チビ」と「ブサイク(サル顔)」のフラを持っていた。休養から復帰して、新たに「デブ」と「ハゲ」のフラも獲得した。4大フラをコンプリートしたのである。 日村は、「デブ」と「ブサイク」のフラを持っている。 ザキヤマも、「デブ」と「ブサイク(ケツアゴのでかい顔)」だろう。 有吉や、タモリは、明確なフラを持っていない。ちなみに矢部や加藤浩次も持っていない。

明確な外見的特徴はないのに、フラを持っている稀有な人もいる。たけちゃんや(ハゲる前の)志村けんがその好例である。この2人は、まとっているオーラが、岡村の「サル顔」や日村の「ブサイク」なみに笑わせにかかってきている。2人とも、年をとってもバカをやり続けていたから、そういうオーラを獲得したのだろう。うらやましい限りである。

フラを持っていると、笑いの世界においては有利である。

第一に、フラ自体が笑いを引き起こす。ただこれは、露出が増えるうちに見る方にも飽きられるので、大したメリットではない。もうみんな、岡村のサル顔を見るだけで笑うということはないだろう。

第二に、こちらの方が重要なメリットだが、同じことをやるにしても、フラなしの人がやるよりも笑いを引き起こしやすい。普通の外見の人がランニングマンをやっても、それは普通のダンスである。ただこれを岡村がやると、途端におもしろくなる。クリカンが郷ひろみのモノマネをしても、それはただ単にうまいモノマネに過ぎないが、日村が郷ひろみのモノマネをすれば、クリカンよりクオリティが低くても、おもしろい。

笑いは、通常からのズレが引き起こすものである。そこにあるおもしろさは、「チビでサルのくせにランニングマンをやっている」「デブでブサイクのくせに(男前の)郷ひろみのモノマネをやっている」というズレである。普通に動くだけでも、フラを持っていない人がやるより、おもしろいのである。

同じことであるが、普通の人がやると周りを引かせてしまうような程度の大きなズレでも、「笑える」レベルに止まるというメリットもある。小栗旬や向井理が「うんこ〜」と言いながら駆け出したら周りは引いてしまうだろうが、岡村や日村が同じことをやると、まあ、引くというところまではいかないのではないだろうか。

逆に言うと、フラを持っていない人は笑いでは不利である。男前なのにコミカルな芝居が売りの唐沢寿明とかは、非常に大変だろうと筆者は思っている(それと、もっと向いている方向性があるのではないかとも思う)。「AKBのコント番組」も、おもしろくなりようがないだろう。ヅラやメイクや衣装でフラを人工的に作り出すというのはひとつのよくある解決策だが、視聴者には「おもしろくするためにそういう外見になっているのだ」ということが分かるため、ナチュラルなフラよりはハードルが上がってしまう。

翻って考えてみるに、なぜフラが笑いを引き起こすのか。なぜ「チビでサルのくせにランニングマンをやっている」のがズレになるのか。当然、「チビでサルのやつはランニングマンなんかやらない」というのが普通の人の感覚だからである。

デブは郷ひろみのモノマネをしないし、ブサイクが自信満々に女性を口説くこともないし、ハゲは打席に立ってもヒットを打たないのである。それが、普通なのである。その普通を打破したからこそ、笑いが生まれるのである。そこには、厳然として、フラ持ちに対する差別がある。

だから、フラ持ちがそういうことをやると、「チビやデブやハゲに対する差別を助長する」という抗議が来る。まあ、差別を助長する面があるのは否定できない。フラを笑われようとしているからである。ただまあ、社会には厳然として前述したような差別があるのである。

そのままでは、チビはダンサーになれないし、デブは歌手になれないし、ハゲはプロ野球選手になれなくなってしまう。欠点を欠点として受け入れるしかなくなってしまうのである。そんなことしかできなくなるなら、敢えてその欠点を笑われにいくのも、一つの活かし方ではないかと筆者は思う。

社会が変わらないから、フラ持ちは「笑われる」ぐらいしかその欠点の活かし方がないのである。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。