<医者が書いた科学的根拠の乏しい本に疑問>自閉症が水銀で発症するというのは「証明されていない」


高橋秀樹[放送作家/日本自閉症協会・日本自閉症スペクトラム学会・日本社会臨床学会各会員]

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『発達障害を治す』(大森隆史著・幻冬舎・2014.9)。この本はタイトルに「治す」とあったので、一抹の不安があって、本を購入した。一読して不安は的中した。

『発達障害を治す』には、発達障害の発症の原因が「遺伝子多型と環境的な要因の相乗作用」と書いてある。ここまでは、問題がないだろう。ところが先に読み進むと、この「環境的な要因の相乗作用」の原因物質としてあげられるのが「水銀」なのである。これはアウトだ。

日本の自閉症の権威である元・梅ヶ丘病院院長市川宏伸氏を含む「自閉症児者を家族に持つ医師・歯科医師の会」は、次のような声明を発表している。

「水銀が自閉症の原因であると断定する科学的根拠はありません。水銀と自閉症の関係を示唆する一部のデータがあるのは事実ですが、水銀と自閉症の関係を否定するデータが圧倒的です。たとえば水銀が自閉症発症の原因というのならば、水俣病などの水銀汚染地域において本人または次世代に自閉症児・者の数が突出するという疫学的データがあるはずですが、私どもが調べてみた限りそのようなデータはありませんでした。さらにイギリスやアメリカで行われた大規模な疫学調査の結果でも、チメロサール含有のワクチンを接種と、自閉症の発生率の間に関連はみられず、今のところチメロサール含有のワクチンが自閉症の原因であるとする仮説を支持する証拠はないのが現状です。これらの事実は、水銀と自閉症の関係を示唆する一部の研究結果は(a)偶然か、(b)調査方法に欠陥があったためか、(c)水銀との関係は「みかけ」上のもので真の原因は別にある、などによる可能性が高いことを示すものです」

チメロサールは、水銀を含むワクチンの防腐剤である。

10年に一度くらいの割で、亡霊のように蘇る発達障害の発症が「水銀」によるとする説。書いたのは九州大学工学部大学院合成化学専攻修士課程修了、九州大学医学部卒業の内科医・大森隆史氏である。

さらに、この本では、発達障害を「治す」には、「キレート治療」が有効という印象を強く与える。デトックス(著者の専門分野である)、つまり「毒出し」により改善するとしている。ピンク色の本の帯には『ついに現れた、革命的治療法』のが大活字が踊っている。

これに対しても「自閉症児者を家族に持つ医師・歯科医師の会」は、

「キレート『治療』の効果については、これを実践している家族と推奨しているごく一部の学者による主観的評価であり、(発達障害のひとつである)自閉症の治癒もしくは症状改善の評価基準はきわめて曖昧である。仮に症状が改善したとしても、キレート剤投与による症状改善なのか、それとも個々の成長による症状改善なのか、似通った症状を持った自閉症児においてキレート剤を投与した群としなかった群での比較検討はなされたのかなど学術的・医学的な疑問が残ります。キレート剤投与は副作用が大きく、副作用を上回るほどの自閉症の症状改善効果が証明できない限り、治療ではなくまだ研究レベルであり、私たちはこれを推奨できません。」

としている。統制群(対照する群)のない、ずさんな研究は科学ではない。

また、こうした本が出る度に学習能力のないテレビメディアが、無批判にこれを放送したりすることがあるので、自閉症児を持つ親に動揺が広がることが懸念される。

日本小児神経学会、日本小児精神神経学会、日本小児心身医学界の三学会合同の見解としても、2004年6月に自閉症の原因が水銀中毒であるということを積極的に肯定する根拠は乏しい。また自閉症とチメロサール含有ワクチンとの間に明確な関連性は見出されていないと提示している。

また、カナダ・モントリオールのEric Fombonne博士は、独立した国際的科学専門委員会による研究を含む多くの研究が、関与否定説を裏付けていると述べ、患児の親に対して、ワクチンによる影響はないとしている。さらに、有害物質除去を目的としたキレート療法のような無効で危険な治療は避けるべきとし、自閉症の有無にかかわらずワクチン接種を続けるよう勧めている。ワクチンの恩恵は大きいのである。

自閉症の原因はわかっていない。わかっているのは自閉症は心の病気ではないことである。自閉症は親の育て方や環境が原因ではない。こうした説がはびこっていたため、自閉症児の親は、自分を責め、大変苦しんだ。自閉症は、脳の特性によって起こる発達障害である。自閉症では脳の特性のために、目や耳から入ってきた情報を整理し、それらを意味のあるまとまったこととして認知することが難しくなってしまうのである。

アメリカ精神医学会の診断マニュアルであるDSM-5では、発話が困難で知的遅れのある重いカナータイプの自閉症から、知的遅れのない自閉症まですべてをグラデーションとして、自閉症スペクトラムとすることになっている。自閉症スペクトラムの障害の診断マニュアルには「限局的なこだわり行動」「社会性の困難」の2つのみになっている。

『発達障害を治す』とは、発達障害の何を「治す」というのだろうか。

念の為、以下に参考となる論文を示しておく。

*水銀「関連無し」の文献

  1. Madsen KM, Lauritsen MB, Pedersen CB, Thorsen P, Plesner AM, Andersen PH,Mortensen PB. Thimerosal and the occurrence of autism: negative ecological evidence from Danish population-based data. Pediatrics. 2003 Sep;112(3 Pt 1):604-6.
  2. Verstraeten T, Davis RL, DeStefano F, Lieu TA, Rhodes PH, Black SB, Shinefield H ,Chen RT; Vaccine Safety Datalink Team. Safety of thimerosal -containing vaccines: a two-phased study of computerized health maintenance organization databases. Pediatrics. 2003 Nov ;112 (5):1039-48. Erratum in: Pediatrics. 2004 Jan ;113 (1):184.
  3. Stehr -Green P, Tull P, Stellfeld M, Mortenson PB, Simpson D. Related Articles, Links Autism and thimerosal -containing vaccines: lack of consistent evidence for an association. Am J Prev Med. 2003 Aug ;25 (2):101-6.

*水銀「関連あり」の文献

  1. Geier DA, Geier MR. Related Articles, Links, A comparative evaluation of the effects of MMR immunization and mercury doses from thimerosal -containing childhood vaccines on the population prevalence of autism. Med Sci Monit. 2004 Mar;10(3):PI33-9. Epub 2004 Mar 01.

 

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