ヴェネチア・ビエンナーレ日本館のキューレーター(学芸員)は、なぜ有給休暇をとって参加しなければならないのか


齋藤祐子[文化施設勤務]

美術好きでなくともなんとなく聞いたことくらいあるヴェネチア・ビエンナーレ(注1)。各国から美術作家が選ばれて競う歴史ある国際美術展だ。今度の日本館の作家は塩田千春さん、キューレターは中野仁詞さんと決まった。

塩田さんはベルリン在住。早くから作家への様々な助成制度のあるドイツに活動拠点を移し欧米でも知名度の高い作家である。泥のついた巨大なドレスに水が流される作品や、黒い毛糸を天井から部屋の中にクモの巣のように張り巡らした作品など一度見たら忘れられないインスタレーションが強い印象を放つ。

一方のキューレターは、作家と二人三脚で展覧会をつくる、いわばプロデューサーのような存在。美術作家との共同作業だけに信頼関係がものをいう。ヴェネチア・ビエンナーレではまず美術作家の候補が選ばれ、その美術作家が一緒に仕事をしたいキューレター(学芸員)を選ぶ仕組み。美術作家とキューレターがともに作品と展示を考えてプレゼンテーションをし、結果的にこのペアが選ばれた。

ところで、この発表の陰にあまり語られない事実がある。中野氏は現在、所属先の財団では美術の学芸の仕事をしておらず、神奈川県立音楽堂で施設の維持管理担当になっている。もともと氏の所属する財団では、神奈川県立県民ホール内にギャラリーを持つのみで、4つの県立文化施設を運営する同財団でも美術部門はここだけとなる。

かつて、中野氏が塩田さんのインスタレーションで企画展を開催したのもこのギャラリーの学芸担当としてだった。当時から、まだ日本では知名度の低い現代美術の若手作家を発掘して紹介するシリーズを続けてきている。このギャラリーは、40周年を迎えようとする歴史の古い県立ギャラリーであり、設立当初は他県にも珍しい大規模ギャラリーとして先駆的な企画展を実施してきた。

しかし、近年は、直営時代に5人程度いたギャラリー課職員は年々減り続け、いつしか音楽部門に吸収され、更に美術担当は専任者一人、年に数回あった企画展も今は1本に減っている。

文化施設は指定管理者制度が導入され、5年程度で運営者を選びなおす制度となっており、同財団も5年ごとに県の募集要綱に沿って提案書を書き、民間会社と競うなどして館の運営者に選定されている。厳しいコスト競争にさらされ、人員は削減傾向である。文化施設や美術館にこの制度が導入された当初、市や県の直営時代に行政の学芸員として雇用された

人員が、選定をする側の自治体 の「関係者」とみなされ、民間企業参入の際に平等性が保てないという理由で行政の別の所属への異動を余儀なくされるケースがあった。 学芸職とはそもそも館の収蔵作品や企画展と関係の深い専門性が要求されるため、同じような内容の別の美術館に転職するのでなければ、行政の中で専門性の生かせない所属へ配転される可能性も高い。同ギャラリーでも県職員だった学芸員の一人は早期退職をしている。

そもそも同ギャラリーは博物館法上の美術館ではなく、学芸員を置く必要はない。横浜トリエンナーレの会場ともなる横浜美術館もその一つだ。ここでは学芸資格をもつ専門職員でも、一般職員と制度上は何も変わらない、という扱いとなる。

とはいえ、美術専門職が専門外の職種に異動することはまずない。 中野氏の配転は県民ギャラリーでの企画展終了後すぐの異動であり、今回のヴェネチアの仕事が確定後も美術部門へ戻す異動は発令されていない。実際は今年から来年にかけてイタリアとの行き来が始まるが、仕事は本業以外の私的なもの、年次有給休暇の範囲内ですませるようにと財団側から伝えられたという。

この判断は前回のヴェネチア・ビエンナーレのキューレター(国立近美)が同様の扱いで仕事をしたからとのことだが、現在美術部門があるにもかかわらず別の所属に異動し、一般職と同じ事務をしているのは不可解である。 県民ギャラリーのPRとしては絶好の機会となる今回、なぜ氏を異動させたのか。

背景には、前述の指定管理の問題がありそうだ。次期指定管理では、同財団の中では縮小傾向でまた一人の担当者の企画に左右される美術部門から撤退し、別の事業に特化する戦略があるのかもしれない。選択と集中、とは変化と競争の激しい民間の会社での常套句だが、国際的な美術展での企画をまかされた人材(時事ネタとしてこれ以上の施設のPRはないだろう)を、一般職の事務職員としてまったく経験のない仕事にまわすことからすると、そのPR効果を上回る素晴らしい計画があるにちがいない。

全国の著名な現代美術のキューレターが喉から手が出るほどやりたがるというヴェネチア・ビエンナーレの企画展示。その内容と同じくらい、今後の同財団の企画展開には興味がそそられるところだ。

(注1)ヴェネツィアで開催される現代美術の国際美術展覧会。国同士が威信をかけて展示を行い賞レースをすることから、「美術のオリンピック」とも呼ばれる。

 

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齋藤祐子

齋藤祐子(さいとう・ゆうこ) 1984年、筑波大学卒。現在、文化施設に勤務。文化政策や現代美術、落語等の分野に関心が深い。