<医者にあるまじき表現>「大人の発達障害がコンサータで劇的に改善」という「帯のコピー」は見過ごせない


高橋秀樹[放送作家/日本自閉症協会・日本自閉症スペクトラム学会・日本社会臨床学会各会員]

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広く流通しやすい新書のような媒体で、「発達障害」について証明されていない事項や非科学的であるにも関わらず「それらしく」で書かれている本が数多く発売されている。これまでメディアゴンでは、そのような書籍の危険性について、できる限り科学的な視点から指摘してきた(「アスペルガー症候群の犯罪率が一般人より高いということは証明されていない」 「医者が書いた科学的根拠の乏しい本に疑問」)。

さて、先日読んだ『まさか発達障害だったなんて〜「困った人」と呼ばれ続けて』(星野仁彦・さかもと未明著 PHP新書)にも、見過ごせない部分があった。

これから書く筆者の意見に対して、著者・星野仁彦医師などの臨床家からすれば、おそらく「方法はどうあれ、困っている点が改善されたからいいんじゃないの」と反論したくなることは容易に予想される。

しかし、それでも見過ごせない。

「自閉症スペクトラム」は、中核症状が何か、発生の機序は何か、心因性であることは否定されているが、脳の器質異常であるだろうということ以外わかっていない。自閉症と診断されても、その発現様態は多種多様で、薬の効果も、行動療法も、認知療法も効くか効かないかやってみないとわからないし、個人差が大きい。

医者が100人いれば100通りの考え方がある。本書『まさか発達障害だったなんて』は普遍的な対処法はないことをきちんと表明すべきだ。

帯に書かれた「煽りコピー」には次のようにある。

「大人の発達障害がコンサータで劇的に改善」

このようなことは、本来、医者としては決して書いてはいけないことであろう。もちろん、共著者であるさかもと未明さんには効いたのだろう。

「コンサータを飲んで十五分後には、急に気持ちが上向き、体もラクになって」

と書いてある。(註「コンサータ」ADHD患者などに対して使われる中枢神経刺激薬)しかし、この個人差は激しい。本来、医者として書くべきは、

「すべての問題が解決するような夢のような薬はありません。また、薬効には個人差がある事を、良くご理解のうえで、対処なさってくだい」

が、正しいはずだ。だから、「薬の服用を止めるときはどうするのか」の説明をしてから、医者(星野氏)は服用を薦めるべきである。

コンサータの注意書きにはこうある。

「うつ状態におちいるなど、病気の症状と類似した副作用がおこることがあるので、使用上のまちがいをおこさないためにも、服用する前に本人だけでなく家族もいっしょに薬の効果と副作用について医師・薬剤師からよく説明を聞き、注意事項を守ってください。」

もちろんすべての薬に存在する副作用もある。

星野医師は2013年に改訂されたアメリカ精神医学会の診断マニュアル「DSM-5」を根拠に、ADHDと「自閉症スペクトラム」が併記して診断できると言っているが、ここで巧妙に論理がすり替えられている。

星野医師がさかもとさんに下した診断は、「アスペルガー症候群」と「ADHD」。「DSM−5」では自閉症はグラデーションで診断されることになり、アスペルガー症候群の診断名はなくなった。すべて自閉スペクトラムに統一された。

それまでのDSM−5での診断基準上は、ADHDとアスペルガーの併記というのはない。アスペルガー等では、ADHD同様の症状が出ることが珍しくないので、ADHDの診断基準ではアスペルガーに該当する場合は、アスペルガーとしての診断を優先しADHDの診断はしないことになっている。

つまりDSM-5で併記できるのは「自閉症スペクトラム」と「ADHD」。DSM−5では、「アスペルガー症候群」と「ADHD」は併記しないのが診断上の決まりだ。

何故、こんなややこしいことになっているかというと、発達障害支援法の適用つながる診断を下せるのが唯一、星野医師のような専門医だからである。さらに、本書の表記のひとつであるアスペルガーの言語コミュニケーションについては診断基準は、

「他者との交流に用いられる非言語的コミュニケーション(ノンバーバル・コミュニケーション)の障害」

ということであり、星野氏表記による「会話のキャッチボールが出来ない」など単純なことではない。

さかもと未明さんはかつて『Voice』2012年12月号で以下の様なことを書いている。

私は夏の羽田空港で、JALの空港スタッフ相手にひと騒ぎ起こしていた。(中略)JAL1466便のなかで、赤ちゃんが泣き叫び通しだったのにブチ切れてしまったのだ。(中略)ほかのお客さんも『言い聞かせてなんとかなる年齢ではないし、仕方ない』と思っているみたい。でも、私は耐えられなかった。

『もうやだ、降りる、飛び降りる!』

私は、着陸準備中の機内を、出口に向かって走り始めた。その途中で、子供とお母さんにはっきりいった。

『お母さん、初めての飛行機なら仕方がないけれど、あなたのお子さんは、もう少し大きくなるまで、飛行機に乗せてはいけません。赤ちゃんだから何でも許されるというわけではないと思います!』

この話は昔、「赤ちゃんだから泣くのは当然」という議論が、つんくなどから巻き起こって物議をかもした。さかもとさんの、この感覚過敏は自閉症スペクトラムの中核症状のひとつである。(註・自閉症全員にあるわけではない)

さかもとさんは他のお客さん(定型発達者)のようには「赤ちゃんの泣き声」に我慢できなかった。さかもとさんがアスペルガーだとすれば、当然の反応であったということになる。アスペルガー者は、「アスペルガーだから」という理由を言われることが嫌な人が多いので、わかっていれば対策としてノイズキャンセラー付きのヘッドホンを使う人もいる。

こういう話をきちんと伝えていくと、飛行機の中で泣く赤ちゃんへの理解が深まっていたのと同じように、アスペルガーの理解が深まるのではないだろうか。

 

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