<優秀さとは何だろう>成功者を生み出せなくなったテレビ業界の危機


高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]

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かつて、テレビ業界には「人はいくらでもいる。だから伸びてきた人を使えば良いのだ」という乱暴な考え方があった。

確かにテレビの業界に憧れさまざまな人が流入して来た。正規や非正規と言う言葉もなかった。いろいろな業界からも参入してきた。そしてそこから様々な有能な作り手も生まれた。

だが、時代はもうすっかり変わってしまった。人を集めるのが難しくなっている。特に有用な人を集めるのは難しい。良い人材が入ってこない。いや、入ってきても伸びない。テレビ業界にとって「これは深刻な問題だ」といわれる。

勢いのある業界には人が集まる。そう考えれば、今、テレビ業界には勢いがなくなった、ということかもしれない。

だが、こう言うと、

「それでは昔はそれほど面白い人が入ってきたのだろうか?」

と疑問を持つ人もいるだろう。

「昔のテレビは本当に面白かったのか? あまり面白くないではないか」

と思う人もいる。

筆者が関わっただけでも、テレビ業界から消えていった人の顔が時々浮かんでくる。その中にはまだ若い人々もいる。やめなくても良かったのではないかという人もたくさんいた。

女性のAD(アシスタント・ディレクター)が急に増えだした頃の話だ。やる気のある女性のADさんがいた。だが、残念なことに彼女は何年かしてやめてしまった。そして、やめて何年かたった頃、また元ADの彼女と会うことになった。その時は、ADではなく、「翻訳者」としてスタッフから紹介されたのだ。

彼女はADを辞めた後、イギリスに出かけ、シナリオの勉強をしたという。イギリスには日本よりチャンスがあると思ったという。シナリオの勉強には語学の勉強が必要だ。彼女は必死に勉強したのだろう。シナリオの勉強するための語学の勉強をし、シナリオ学校に入った。そして、映画業界にもぐりこんだ。

だが、大成功して日本に戻ってきたという話ではない。言うまでもなく、成功なんてそんな簡単な話ではない。結論から言えば、生活のために語学を生かし、仕事を探し、そして日本に戻ってきたのである。そしてまた、筆者と出会った、というわけだ。

このエピソードを思い返すと、

「優秀さとは何だろう」

と疑問がわいてしまう。イギリスまで行って勉強したいという人の「やる気」を生かすことの出来なかったテレビの業界のことを思ってしまう。

もちろん、彼女は優秀なADを目指したわけではない。当然、優秀なディレクターを目指していた。だが、テレビ業界が求め、必要としていたのは「優秀なAD」だった。彼女の作り手を目指す気持ちは、周囲あるいは上司にうまく伝わっていかなかった。ここが一番難しい分岐点なのだろう。

「作ってみたい」という心。好奇心。かつて、テレビにはそれを生かすチャンスがあり、多くの人が紛れ込んだ。優秀な人ばかりがテレビに来たのではない。そもそも「優秀かどうか」なんて誰にもわからない。結果として、「面白いものを作った者」が優秀なのだ。そういう価値観があった。

だが、それは変わってしまったようだ。今、最初から優秀だという立場に立たなくていけない人がいて、作った作品ばかりではなく「人」まで判断しようとしている。

結果、彼女ははみ出てしまったのだ。

「ダメだ!」といわれたのではない。階段を上り詰めるルートがわからなくなったのだろう。そして、自分から去って行った。それはそれで賢明な判断だったかもしれない。自分からはみ出てしまったのだから。

テレビ業界とは、あくなき挑戦をする人が次々にやってくる、それが前提の世界だったからだ。だが、今テレビの業界がそんな魅力のある場所なのか? と問われると不安になってくる。はたして、これまでのように「挑戦する人」が続くのだろうか。

「挑戦する人」がいるうちは良い。正規、非正規ということばかりが話題になり、挑戦するということ、つまり、テレビ業界を目指す人の目的が「正規に入ることだけだ」ということになれば、この業界に将来はない。「面白いものを作る人が優秀な人だ」という、普通の価値観が無くならないことを願うばかりだ。

元AD(そして現在は翻訳者である)彼女には「普通の競争」がなかなか出来ないように思えたのだろう。今のテレビ業界には、彼女のようなバイタリティーを測る器が無くなったのだろう。彼女はそれを気づいた。そして去っていった。別のルートを探しに行った。

やってみたいと思う「背伸び」が大事なのだ。それがなければ伸びるはずもない。しかし、そんな「背伸び」を理解する人が少なくなってきたのではないだろうか。

テレビ業界や社会全体に、そういった余裕が無くなってきたこともあるのだろう。今は作り出すよりも前に「優秀な人」を探そうとしている。それは選ぶ側も選ばれる側も同様に思える。ともかく「がむしゃらにやってみよう」ということが受け入れられなくなっているのだろう。

もしかしたら、自己規制が起こっているかもしれない。そうだとすれば、それはちょっとつまらない。なぜなら、それが結果として、有能な人を取り逃がしてしまっているのかもしれないからだ。

テレビ業界に有能な人が来にくくなっているのかもしれない。危ない。早く成功者を出さなければいけない。

 

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高橋正嘉

高橋正嘉(たかはし・まさよし) TBSビジョン専務取締役 1951年生まれ 明治大学文学部卒業  TBSテレビ「そこが知りたい」に立ち上げから終了まで15年間携わる。 BS-TBSで「唐招提寺」プロジェクト・プロデューサー。 芸術祭ノンフィクション部門優秀賞を受賞。現在、TBS「時事放談プロデューサー」