<東京女子医大病院2歳児死亡事件>なぜ2才児に成人許容限界の2.7倍もの麻酔薬を投与したのか?

ヘルスケア

藤沢隆[テレビ・プロデューサー/ディレクター

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「新聞は1紙だけではなく何紙か読みなさい」と子どもの頃に教えられました。テレビニュースも複数視るとひとつ視ただけではわからない重要なディテールが見えてくることがあります。
昨年2月に起きた東京女子医大病院における2才児死亡事件、筆者はこの事件に関心が強く、メディアゴンにも寄稿してきました。なぜならこの事件、どうにも分からないことが多いからです。
今回は、被害者の両親が病院側を傷害致死容疑で告訴したというニュースですが、各局は2月19日夕方以降のニュースで、ご両親の記者会見や独自インタビュー、ご両親提供と思われる映像などを含めて8分~15分ほどの特集で伝えました。各局の報道内容を合わせるとひとつの局のニュースだけでは見えないものが見えてきます。
今回は日本テレビの『newsevery』とフジテレビの『スーパーニュース』を中心に事件の詳細な経緯を再構成してみます。そこから見えたミステリーとは・・・。
ことの始まりは2才の男の子の喉に腫れ物ができたことに始まります。リンパ管腫というものですが良性であまり心配のないものである、ということでした。日テレ『newsevery』の映像では、被害者の両親が次のように語っています。

母親「注射針を刺してリンパ管腫のリンパ液を抜く手術だったので「そんなに心配はありませんよ」というので(手術を)受けることにしました。」

父親「手術って言っても注射2回刺しただけですよ。ふつうの注射ですよ。」

男の子が受けたのは「頸部リンパ管腫ピシバニール注入術」です。嚢胞内のリンパ液を抜いてそこに薬剤ピシバニールを注入するもので、外科的切除ですらありませんから「手術」と言うほどの事ではないのかもしれません。
実際、その「手術」の処置はたった7分で済んでいます。ところが手術後、ご両親は経過観察のためICUへ入った息子の様子を見て驚きます。

父親「子どもを見てまず驚いたのが眠らされていたんですね。で、人工呼吸器をされていたんですよ。なにかの麻酔をかけて眠らせておくってことは一切説明がなかったんですよ。」

この時、用いられていた鎮静剤・プロポフォールについて、後に病院が設置した第三者委員会の調査報告書は、プロポフォールの使用について、

「両親への説明と同意の手続きを欠いていたことは不適切だった」

としています。ご両親に何の説明も許諾もないまま、2才の男の子はすでにICUで問題の鎮静剤・プロポフォールを投与され人工呼吸器につながれていたのでした。
ここまでで二つの大きな疑問が生じます。
ご両親の言葉を持ってすれば、

「たった2回針を刺すだけの頸部リンパ管腫ピシバニール注入術」

に対し、子どもが動いて管がはずれるからという理由から、鎮静剤(全身麻酔)を使って動けなくして人工呼吸器につなぐというのは、重大性や危険性を元々の施術(注射針を2回刺すだけ)と比べればあまりに間尺が合わないのではないでしょうか。
第三者委員会の報告書には、ICUの麻酔科医と看護士がプロポフォールを大量に投与した理由については、

「医学的に合目的な事由の存在に疑義がある」

としています。大量投与かどうかではなく、この程度の小児患者に全身麻酔の鎮静剤を用いて人工呼吸器につなぐという処置そのものがノーマルでほんとうに必要だったのかどうか、これが第一の疑問です。
第二の疑問は、なぜICUで人工呼吸中の子どもの鎮静に「禁忌」である鎮静剤プロポフォールを使ったのか、ということです。(「禁忌」についてはその文言と医療現場での実状とに差違があることは以前の寄稿で触れましたので、ここでは略します)
この重要な二つの疑問にはどのニュースも答えていません。ご両親は今回の告訴理由に、これは、

「人体実験だったのではないか」

という疑問を呈しておられますが、そう思われた理由はこの二つの疑問と関連するのかも知れません。
結果、2才の男の子は亡くなります。原因は鎮静剤・ポロポフォールの大量投与による副作用と考えられていますが、専門家であるはずの担当麻酔科医はこのプロポフォールの「禁忌」について知らなかったのでしょうか。
日テレ『newsevery』に昨年4月に病院が行った説明会のような映像がありました。そこでのやりとりです。

遺族側「(プロポフォールが禁止されていることを)先生はわかっていたと違いますか?」

麻酔科医師「知っております。」

遺族側「こんなに継続投与したら・・・ 先生はわかっておられたんですか?」

麻酔科医師「プロポフォール・インフュージョン・シンドローム(副作用)というものがあることは知っていました。それから過量投与・長期投与で起こることも知っていました。」

麻酔科医がプロポフォールという鎮静剤はICUで人工呼吸中の小児には「禁忌」であることを充分に知っていたことを自ら語っている映像です。では、なぜ「禁忌」であることを承知の上でプロポフォールを使ったのか・・・。第二の疑問へ戻ってしまいます。
さらに、プロポフォールは単に使われただけでなく、まさに尋常ではない量が2才の男の子に投与されます。第三の疑問、なぜ異常なまでの大量投与が行われたのか、です。フジテレビ『スーパーニュース』にあった遺族への説明会と思われる実写映像です。

父親「これ140mgとあるんですけどこの子に対してマックスでいくつまで使えるんですか?」

ICU責任者の麻酔科医「これはですね・・・(男の子の体重)12㎏・・・40㎎です。通常使う量は40㎎です。」

父親「40㎎のところ140㎎使ったんですか?」

ICU責任者の麻酔科医「はい。結果的に使っておりました。」

そもそもICUで人工呼吸中の子どもには「禁忌」のはずのプロポフォールを成人の許容量を超えて大量に投与し、それは70時間にわたって継続されます。結果、投与量は成人の許容限界の2.7倍に達します。

父親「どんどん薬(プロポフォール)の量を増やしていってるんですよ。尋常じゃない量なんです。それがどうして必要だったのか病院側から納得のいく説明がまったくないんです。」
父親「病院側は薬を強くしていったのは(息子が)動いたからだ」と、動いたからやむをえず管を抜かれないために麻酔を強くしていったとプロポフォールの。私たちはいちども(それ以外に動いているのを)見ていません。」

 父親はICUでベッドの男の子に声をかけたところ一度だけ反応があったが、それ以外は動かなかったと言います。さらに男の子の容態は徐々に悪化、顔がむくんで行く様子が写真に残されています。

父親「手足がすごく冷たかった」
父親「『大丈夫なんですか、本当に大丈夫なんですか』と『なんでこんなにむくんでいるんですか』って話したら、(主治医は)『でも大丈夫です』って言うんです。」

そして手術から3日後、男の子の容体はさらに悪化し体の震えもはじまります。ついには心臓マッサージという危険な状態に。

父親「手術って言っても注射2回刺しただけですよ。ふつうの注射ですよ。それがなぜ人工マッサージまでされないといけないのか、理解ができなかったです。」

母親「説明を求めても(主治医は)『分からないんです』って・・・」

そしてその後、両親はICUに呼ばれます。この様子は日テレ『newsevery』が伝えています。

父親「(ICUのベッドに)息子だけがひとりで寝かされていました。医療従事者たちがずらっと壁沿いに一列に並んで異様な光景でした。誰も何の説明もしてくれないんですよ。それで『すいません、今どうなってるんですか説明してください』って・・・。そうしたらひとりの男性の方がいらっしゃって・・・。『脳はもう死んでます』って・・・。音がするのは人工呼吸器の乾燥的な音ですよね。フーッフーッって。本当にこの世の地獄でしたね。

 記録によると、二日目のある時間帯に男の子には信じられないほど大量にプロポフォールが集中投与されていました。この投与を指示した麻酔科の若い医師はなぜか必要なサインをしていません。サインが無いにも関わらずこの異常な投与は実行されています。
さらに、この若い医師がもっとも重要な鍵を握るにもかかわらず、男の子が亡くなった四ヶ月後にアメリカに留学しており、両親は直接話を聞けていません。病院は以前から決まっていた留学と言っているようですが、それが本当なのか、仮に本当だとしても必要な説明や原因解明を終える前に、もっとも重要な医師を留学させることは理にかなっているのか、これもいわば第四の疑問です。
男の子が亡くなった直後に、ご両親は病院側から病理解剖の許諾を求められます。

「今適応の拡大を検討している薬も入っていたので、この薬が死因に関係しているかを明らかにするためにも病理解剖をお願いしたい」

とICU責任者が述べたとされます。しかしなぜか、これについてICUの責任者は遺族に面会したことも、解剖を持ちかけたこともないと否定します。
ところがフジテレビ『スーパーニュース』では当時父親自身が撮影していたビデオで医師が解剖を依頼している映像を紹介しています。

医師「こういう立場で病院側が解剖させてくださいというと酷なことだと我々も重々存じ上げているが、我々が使った薬の中に薬の試験の完璧な試験ではない、麻酔の病名に関しては非常に少ない確率で合わない方がいる。もしもそういう薬であったならば非常に危険なことになるのでそういうことを含めてお話ししている。」

こうした映像まであるのに、病院側が解剖の承諾を依頼したことはおろか、遺族と面会したことも否定するのはなぜなのか、これは第五の疑問です。
ご両親は「禁忌」であるプロポフォールを大量に使ったこと、この薬が適用拡大を検討している薬剤であったという内部文書があったことなどから、自分たちの息子は人体実験されたのではないかいう疑念を持ち、今回告訴に踏み切ったと言います。
ご両親にしてみれば数々の疑問があるのにかかわらず、病院側からは原因究明も、説明も、謝罪もないままでは理不尽にも未来を奪われた息子にかける言葉も見つからないのでしょう。
このようにテレビニュースはこの事例のさまざまなディテールをかなり詳細に伝えました。父親が撮影した映像などを含めそれは相当に深く事実と実感を伝えるものでありました。
しかし、それでもなお、もっとも重要な疑問に回答は与えられてはいません。事実を知ればそれだけ謎は深まる・・・まだまだ多くの謎と事実が埋もれています。
今回たくさんのニュース番組を視て、激しく気持ちを揺すぶられた映像がありました。それはテレビニュースであまり視ることのないものでした。ICUのベッド。亡くなった直後の男の子。母親がなんども愛おしげに男の子のほほを撫で続けています。
父親は嘆きます。

「たった数日の間にこんなになっちゃうんだなあ・・・この子は自分が死ぬなんて事は思いもしなかったでしょう・・・」

そして祖母がやさしくやさしく男の子に語りかけます。

「起きろ・・・、起きな・・・」

おそらくはご家族が撮ったと思われるこの映像。フジテレビ「スーパーニュース」が敢えてこの映像を使ったのは、ニュースを伝える側の怒りと哀しみの表れのように思えました。
 
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