坂本龍一さん死去「芸術は長く、人生は短し」
池谷薫(映画監督/甲南女子大学教授)
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Ars longa, vita brevis(芸術は長く、人生は短し)
坂本龍一さんが亡くなった。上記は坂本さんが好んだ言葉である。まさにその通りの生涯だった。
訃報に触れてから、時間の経過とともに、じわじわゆっくりと悲しみが広がっていく。あの音楽。あの映画・・・僕にとっては映画の魅力を全身で感じさせてくれる存在だった。
「戦場のメリークリスマス」(1983年、監督 大島渚)でデヴィッド・ボウイに唇を奪われるシーン。ヨノイ大尉が衝撃を受けるさまを大島渚監督はコマ落としの映像で官能的にみせた。そしてそのショットに流れる坂本さんの音楽。簡潔なメロディーの繰り返しが、人間の奥底に潜む複雑な感情をあらわす波動となって、しだいに高まりながら何度も押し寄せてきた。映画表現の神髄がそこにあった。
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「ラストエンペラー」(1988年、監督 ベルナルド・ベルトルッチ)で世界的な名声を得たあとは、環境や社会問題への鋭い批判で僕らを牽引した。原発、沖縄の基地問題、特定秘密保護法、安保法制・・・。なぜ声を上げるのかと問われると、自身のドキュメンタリー映画でこう語った。
「原発事故と被災地の問題、それ以降の日本の政治状況、社会状況はますます悪くなっている」
「声を上げないとしたらそれがストレス。見て見ぬふりをふりをするというのは僕にはできないことですから」
メッセージはいつも直球だった。音楽やユーモアでくるむという姑息な手段はとらなかった。政治と切り離された芸術などありえない。そう言わんばかりの鬼気迫る姿だった。
2010年の「平和への絆コンサート」で共演した吉永小百合さんは、坂本さんにこんな「ラブレター」を送っていた。
「坂本さんのように、はっきりおっしゃる方が少なすぎる。付いていくのでオピニオンリーダーとして引っ張っていってほしい」(スポーツ報知、4/2)
坂本さん、お彼さまでした。ありがとうございました。あなたは「反戦」と言わず「非戦」という言葉を使われました。反戦だと、それ自体がひとつの戦いだから、と言って。
そこに込められた思いを、もう一度、胸に刻みたいと思います。
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