<安倍元首相銃撃から半年>山上容疑者の人生を狂わせた「諸悪の根源」

政治経済

池谷薫(映画監督/甲南女子大学教授)

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山上徹也が安倍晋三元首相を銃撃して半年が過ぎた。精神鑑定を終えた山上は起訴される。真実に沿った裁判が行われることを強く望む。

山上を英雄視するつもりはない。だが、彼のたった一人の犯行が、犯罪集団である旧統一教会と政治家の深い癒着の闇を白日の下にさらしたのは事実である。

安倍氏を狙ったのが「飛躍」でないことは、安倍氏が関連団体の大会に寄せた韓鶴子総裁を称えるビデオを観れば明白だ。そして彼は、旧統一教会の日本での活動の原点に安倍氏の祖父・岸信介の存在があったことも熟知していた。山上は安倍氏を、家族を崩壊させ自分の人生を狂わせた諸悪の根源の、いわば「象徴」と見ていたのではないか。

さらにこの事件は、我々がいま極めて異常な社会のなかにいるという悲しい現実を突き付けた。
独裁的な政治は人々の分断を生み、何をやっても変わらないという、あきらめに似た閉塞感が漂う。世界がどんどん変わっていくのに日本は古い体質のまま。

[参考]統一教会の傘下が自民党という国辱

出口はどこにも見えない。

それをはっきりと認識させられたのは第二次安倍政権下で行われた「集団的自衛権」の強行採決だった。これに対して山上は自身のツイッターで「支持はするが(中略)手続きを飛ばすのは傲慢であり怠慢」と意見を述べている、これを若者の多くが口にする息苦しさの代弁ととえらえたとき、ざらりとした手触りが鋭い痛みを伴って伝わってくる。

しかるに現状はどうか?
防衛力の増強を迫られた岸田政権は、敵基地攻撃能力の保有によってこの国を戦争ができる国につくり変えようとしている。だが、国の在り方を問うこの重大事にあっても、国会で具体的な方策の熟議がなされることはなく、解散総選挙で国民の意思が問われることもない。閣議決定という名の独裁はつづく。

一国の元首相がカルト教団との関わりのなかで殺害されるという、戦後の日本の民主主義に深い絶望を投げつけた事件・・・。半年たって、旧統一教会はまだ宗教法人格を持ちつづけ、活動にお墨付きを与えるような行動をしてきた政治家たちも居座り続けている。安倍氏が教団票の差配をしていたことにもメスは入れられていない。

この異常な社会を変えるのは、やはり投票という我々に与えられた権利の行使である。我々は政治家たちにいつでも首をすげ替えられるという緊張感を与え続けなければならない。

「『悪』は人々の無関心のなかで行われる」

カルト教団の暴走や社会のひずみを描いてきた小説家の中村文則さんの言葉に激しく共感する。独裁に何のメリットもないことは世界の現状が教えている。

悲劇はもうたくさんだ。

 

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