デジタル敗戦継続あいマイナ事業

政治経済

植草一秀[経済評論家]

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マイナカード事業の杜撰な運営が明らかになった。


マイナ事業の特殊性は取り扱う情報の特殊性にある。政府は個人情報を特別に保護が必要であるとして個人情報保護法まで制定した。個人情報の取り扱いは重大性を帯びる。DV事案では現住所などの取り扱いの誤りから人命が奪われる事態まで発生している。

7月2日のNHK「日曜討論」で総務省自治体システム等標準化検討会座長としてマイナ事業を推進してきた人物が

「交通事故があるからと言って自動車社会を否定することにはならない」

と述べたがマイナ事業を自動車社会になぞらえることはできない。かすり傷の交通事故なら修復可能だが、個人情報取り扱いの誤りで命が失われてしまえば取り返しがつかない。そもそもマイナ事業に対する国民の不安が強い理由が二つあげられる。

第一は、重大性を持つ個人情報の取り扱いに誤りが生じる恐れがないのかどうか。失敗が許されない事業で本当に心配が生じることがないのかという懸念があった。
第二は、政府が個人情報を電子的に一元管理することについて本当に信頼を置けるのかどうか。

政府の公正性に対する不信感が根強い。このことが国民の慎重姿勢の原点にある。したがって、マイナ事業の実施に際しては、絶対に間違いが生じないための万全の体制構築が必要不可欠だった。

万全の体制を構築しても誤りが生じる可能性は否定できない。しかし、そのような「事故」さえも容認されない場合はある。原発の場合、万が一にも事故発生は許されない。原発は五重の障壁に守られており「絶対安全」だとされてきた。

ところが、この「絶対安全神話」はフクシマ事故で脆くも崩れ去った。原発では「絶対安全」が絶対に守られなければならない。しかし、その「絶対安全神話」は虚偽だった。虚偽が明らかになった以上、原発の稼働を諦めるしかない。

ところが、その原発を再び推進する勢力が存在する。歴史に学ばぬ者は歴史を繰り返すことになるだろう。これを愚の骨頂という。個人情報を取り扱う事業にも間違いは許されない。

すでに驚異的な数の間違いが発覚している。その原因が不可抗力に近いものなら抗弁が余地もあるかも知れない。ところが、これがまったく違う。

河野担当相は、

「氏名、生年月日、住所、性別の4つの項目のうち、氏名、生年月日のみで照合した結果、同姓同名で生年月日も同じ個人が混同された」、「端末での操作で前の利用者がログアウトしないまま次の利用者が口座情報を入力して前の利用者に紐付けされた」

などとNHK討論で述べたが弁明になっていない。氏名と生年月日が同一の個人が多数存在することを事前に想定していなかったのなら、その時点で事業に携わる資格がないとしか言いようがない。

入力後のログアウトがシステムに組み込まれていないなら、ログアウトの欠落など広範に発生し得る。初歩の対応さえできない事業が実行されてきたことは驚異的。このような杜撰対応で重大性のある個人情報が取り扱われて、市民が安心を得られるわけがない。

政府はデジタル庁まで創設した。事業を万全の体制で執行するために創設した行政官庁なのではないか。岸田首相は8月4日の会見で、コロナ対応で、感染者数の集計、保健所業務、感染者との接触アプリなどの大混乱を通じて、「日本がデジタル後進国だったことにがくぜんとした」と述べた。その上で、「デジタル敗戦を二度と繰り返してはならない」と述べた。

しかしながら、マイナ事業でデジタル敗戦をすでに繰り返している。デジタルを適正に扱う能力のない政府がデジタル事業を強行することは運転免許を持たない者が自動車運転を続けることに等しい。マイナ事業をまずは凍結し、万全の対応を取ることが出来る体制を構築することが先決だ。

 

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