<「ヅラ」の不思議>利用者は隠しているが、不思議なことに周りの人はほとんどが知っている。

ヘルスケア

高橋秀樹[放送作家]
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人間はメディアを身にまとって生きている。メディアと言う言葉を「情報」と読み替えれば、もう少し意味が通じやすくなるだろうか。
筆者は、冬はジャージにラグジャー、夏は半ズボンにTシャツで、どこへでも行くから、この姿形は少なからぬ情報を発しているだろう。町の中には、空き巣狙いの泥棒がいるが、その泥棒がどんな格好をしているかというと、普通の背広姿が多いという。情報を消したほうが、泥棒にとっては利益になるからだ。
ヤクザがなぜ「ヤクザっぽい格好」をしているかというと、ヤクザだって他人は怖いから、他人からヤクザと認識してもらって近寄らないようにしてくれた方がなにかと都合がよいからだ。このように、顔も情報、体つきも情報、顔の中の目などは、特に人物の情報が集まっている情報集約地点だ。筆者は、目が笑っていない陽気な人を何人も知っている。
もちろん、髪型も情報である。その中で、筆者が特に興味があるのが「ヅラ(カツラ)」である。
「ヅラ」は、情報の発信基地だと思うからである。しかも、「ヅラ」を身につけている人やその周囲、環境を見ると、実に奇妙な構造になっていることがわかる。
この「ヅラ」を考える上で、こんなエピソードがある。
気の置けない放送作家どうしで温泉に一泊旅行に行った。夜、当然酒を飲む。飲んで、自分の部屋などには戻らず、宴会場で雑魚寝状態となる。この一行にAさんというバラエティもドラマも第一線級の先輩作家がいた。翌朝、みんなが起きてくる。Aさんは、飲み過ぎたのかまだ、寝ている。そして、寝ている上に「ヅラ」が「ヅレている」。
一人が「ヅラ」がヅレているのに気づく。一緒に温泉に行った仲間は、Aさんが「ヅラ」なのを、全員知っているが、誰も本人に「ヅラ」でしょうと、言った者はいない。つまり、公然の秘密なのである。Aさんは、普段は冗談のわかる、大変温厚な常識人だが、自身が「ヅラ」であることを他人に言ったことはない。
仲間の一人が言う。

「だれか、(ヅレているのを)直してやれよ」

「このままだと(バレるから)まずい」

「おまえがやれよ」
「お前、世話になったろう」

「やだよ、直している瞬間に、Aさんが起きたらどうするんだ?」

こんな感じで、たった「ヅラ」が1枚「ヅレ」てるだけで、てんやわんやの一幕となったわけだ。
このように、「ヅラ」の発する情報は、大変微妙である。「ヅラ」の人で、

「俺はヅラなんだよ」

と告白している人はきわめて少ない。つまり、多くの場合で、利用者は「ヅラ」であることを隠している。ところが、不思議なことに「ヅラ」であることは、周りのほとんどの人が知っているということが多い。少ないのに多い。「知らないことにしてあげよう」と周りは気を遣っているのであろう。
「知らないことにしてあげよう」と言う感情は、人間の感情の中でも高度なものではないかと筆者は思う。だが「知らないことにしちゃおう」という感情は、人間の感情の中でもひどく低級なものだ。
と、Aさんの「ヅレたヅラ」を思い出して思った。
 
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