<五輪エンブレム選考に明確な責任体制を>組織委「選んだのは審査委員会」、審査委「応募条件も修正も後から知った」


藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)]

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9月18日、日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)会長で、取り下げとなった佐野研二郎氏デザインの五輪エンブレムの審査委員でもある浅葉克己氏から、「JAGDA会員のみなさんへ」と題する4ページほどのメッセージメールがJAGDA会員宛に届けられた。筆者も正会員なので受け取った。

内容は、騒動となった五輪エンブレム問題について、JAGDA会長・審査委員としてのコメントである。

エンブレム審査委員8名のうち5名がJAGDA会員であったこと。コンペの応募資格が亀倉雄策賞、JAGDA新人賞といったJAGDAが主催する賞であったことなどから、会員への説明と理解を求める内容になっている。

メッセージをまとめると以下のような内容だ。

  • エンブレム審査委員会とJAGDAに組織的な関係はない。
  • コンペの参加資格である受賞歴については事前にJAGDAへの相談はなかった。
  • コンペの参加資格については募集開始後に知った。
  • 佐野氏ありきではなく、審査は通常の審査以上に厳密に公正に行われた。
  • エンブレムの修正は審査委員会も知らない間に、組織委員会の指示で行われた。
  • 審査過程についてのコメントは組織委員会に止められていた。

文面の端々からは、日本最大のデザイナー職能団体の長として、デザイン業界への不信増大の危機感や、グラフィックデザイナーという職業の地位低下に対する不安などが感じられる。

しかし、その一方で、9月1日に行われた大会組織委員会による「白紙撤回会見」での、武藤敏郎・組織委員会事務総長の会見内容と相反するような内容ともなっている。

白紙撤回の記者会見では、武藤敏郎氏は以下のように述べている。

  • 組織委員会はデザインの専門知識を持っていない。
  • 佐野氏のエンブレムを選んだのは組織委員会ではない。
  • エンブレムは審査委員会で専門家が厳正な判定をして決定した。
  • 組織委員会は専門家が選んだエンブレムを受け取った。
  • 取り下げも組織委員会は判断する立場にはない。専門家の判断を受け入れた。

浅葉氏のメッセージと武藤氏の記者会見内容を比べると、そのニュアンスの違いが露骨だ。審査委員であった浅葉氏は「応募条件もデザイン修正も知らなかった」として、修正作業も組織委員会の指示であり事後報告であったと述べる。

しかし、武藤氏は「自分たちは素人であり、審査委員会の判断を受け入れるだけ」として審査過程やデザイン決定に関する責任を回避しようとしている。

双方の責任に関する見解は完全に相反しているといっても良い。

このような相反する主張を見聞きして感じる違和感と無責任感。例えば「応募条件の受賞歴」についてが好例だ。審査委員会(=専門家)が関わらない状況で、「デザインを全くわからない人たち(=組織委員会)」が、今回のような高度に専門的で、ピンポイントな参加条件をどうやって設定したのか?

デザイン業界では著名な賞だが、あくまでも専門的な賞だ。しかも、少なからず偏っている。特定コミュニティに傾斜した「広告賞」のラインナップと言っても良い。一般的な「専門家以外」の発想であれば、例えば「二科展」のような、より社会的に有名な賞を選びそうなものである。

もちろん、組織委員会の主張と浅葉氏(審査委員会)の主張の両方を信じるとすれば、参加条件を決め、修正を吟味して佐野氏とやりとりをしたであろう「第三の専門家」がいるということになる。そうでなければ、このような問題はおきない。いづれにしろ顔と名前を出している責任者が不在だ。

応募条件の設定に、審査委員会が加わっていないのだとしたら、誰が応募条件を決めたのか? 大幅に修正をしたエンブレムを武藤氏は「佐野氏だけでやった」としているが、「知らぬ間に組織委員会で指示」と浅葉氏は指摘する。結局、誰が何を決めたのか? それとも、組織委員会が指示して、佐野氏が個人の独断で修正したのか。だとすれば審査軽視も甚だしい。そんなことはあり得るのか?

あるいは、組織委員会・審査委員会のどちらか、また双方は嘘をつき、責任のなすりつけあいをしているのか。そいうであればあまりにもお粗末だ。(そうでないことを信じたい)

とにかく疑問や疑念は尽きない。もちろん真実は知りようもないが、問題の根幹にあるのは、円滑なやりとりと運営を取り仕切るべきマネジメント機能の不全だ。新国立競技場でのトラブルもそうであったように、本来は「デザインの専門家ではない」組織委員会が、デザイン選考実務を審査委員会に一任する代わりにマネジメント任務を担当し、そのコントロールを徹底すべきであったはずだ。

今回はそれが完全に不在・不全であった。新国立競技場のトラブルとも合わせて、「局部的な専門家」と「専門家に一任・依存した素人」という二種類のプレイヤーしか登場しないまま稼働した無責任な構造に致命的な問題であったことは間違いない。

オリンピックという最終目的に向けて、あらゆる要素・組織を大局的にコントロールできるマネジメント機能が不可欠だ。マネジメントを担う責任者の顔が見えないという「日本的なシステム」を直さない限り、今後、同じような問題は噴出するだろう。

そろそろ立ち上がる次のエンブレム選考では、徹底したマネジメント機能を行使できる組織・人材が不可欠だ。そのためには、顔と名前の見えるクリアな環境で、明確な責任体制を組むことが何よりも重要だ。

 

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藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・准教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員准教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。