<落語とは個人芸のメディア>師弟関係はあるが利権のために徒党を組まない、ファンも面白い話が聞きたいだけ


高橋秀樹[放送作家]

 

昭和48年(1973年)に、山形県から上京して早稲田大学の落語研究会にはいった。志ん生、文楽には間に合わなかったが、当時は先代三遊亭圓生、先代柳家小さん、先代林家正蔵などが全盛で、寄席は少なくなったが、ホール落語は盛況、チケットを取るのに苦労した。

それでも、落語の行く末については(生意気にも)学生の僕たちも心配していた。もう吉原は絶えて久しく廓噺は若い人に受け入れられるのか、一部の人たちだけが好む伝統芸能に成り下がってしまうのではないか。落語は大衆芸能であり続けるべきだ。青っ白い議論だった。

そんな議論に、びくともしない(当時は)若手の芸達者がいた。古今亭志ん朝、金原亭馬生、立川談志、林家三平。そして柳家小三治。やっと今も存命の人の名を書くことができた。なくてはならない破調の人もいた。三遊亭円丈。古今亭円菊。

こうして名を挙げてゆくと、よくわかることだが、落語は結局、個人の芸である。師匠と弟子の関係はあるがそれだけで、利権のために徒党を組むような性質の人々ではない。落語協会も、落語芸術協会も、円生一門も、立川流もファンには必要のないことだ。面白い話が聞きたいだけだ。

春風亭小朝のまくらで、僕は一度だけ笑ったことがある。

「落語がいま、一過性のブームです」

こういうシャレっぽさこそが落語や噺家の身上だ。シャレっぽさは利権団体と最も遠いところにある。

 

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