「ダウンタウンのごっつええ感じ」松本人志のシュールなコントの支持は「業界ウケ」


高橋維新[弁護士]

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笑いでよく使われる言葉に「シュール」というものがある。

百科事典の類をひもとくと、「不条理」「非日常的」「非現実的」などという意味であることが分かるが、これだけではまだつかみどころがない。

そこで、筆者は笑いを形容する際の「シュール」という言葉の意味について、以下の定義を提唱する。

  1. ボケがベタではないのに
  2. そのボケに対するフリも弱いあるいは無く
  3. そのボケに対するツッコミも弱いあるいは無い

この定義は、見て分かる通り3つの部分からなっている。以下、一つずつ説明していきたいが、その前に「ボケ」「ツッコミ」「フリ」という三語の意味を確認しておく必要がある。

ボケとツッコミは、日常用語的な理解の意味のそれであると考えてよい。このうち笑いの核になるのは、ボケである。ボケがなければ笑いは生まれない。

ボケとは、筆者の原稿では何度も述べているが、「通常の状態」からのズレのことである。男なのに女の恰好をしているとか、漫画家なのに絵がヘタであるとか、大学教授なのに足し算ができないとか、そういうことである。

このズレを、時系列的にはボケの後に回る形で指摘し、受け手にズレの存在と内容を分からせるのがツッコミという手段である。ブラジャーを身に着けて登場した男に、「なんでブラジャーをつけとんねん」と言ってズレの存在を言語化し、説明することで受け手にそれを認識してもらうのが、ツッコミである。

フリは、ボケやツッコミほど一般の方への理解が浸透していないが、ボケを受け手に分かってもらうための補助手段であるという点はツッコミと共通している(http://mediagong.jp/?p=7899)。

ツッコミが、ボケの後に来るのに対して、フリはボケの前に来る。ボケの前に、通常の状態が何であるかを設定あるいは説明して、その後に来たボケを、そのフリと対比させることで分かりやすくするのがフリの役割である。

先ほどの例であれば、ブラジャーを身に着けた男の前に、普通の恰好をした男を何人か登場させる。これが、フリである。観客はフリの男たちとボケのブラジャー男を対比することで、ブラジャー男というズレの存在や内容が分かりやすくなり、(ツッコミがなくても)笑いが生じる可能性が高まる。

このように、フリとツッコミはボケを分かりやすくするための補助手段である。ボケ自体が単独で分かりやすければ、必須のものではない。典型的なのは、ベタなボケである。ベタなボケというのは、それがボケであるという予備知識が受け手に備わっているので、フリもツッコミもなくても、観客がボケの存在に気が付きやすい。

古典的な例だと、自分の頭の上に眼鏡を乗っけた状態で「俺の眼鏡どこだ?」と言う、というようなものがある。実際にこのようなことをやっているおっさんを目撃した場合、何のフリもツッコミもなくても笑いが生じ得るだろう(ボケそれ自体のおもしろさの問題は残るので、実際に笑い生じるかどうかは別問題である)。

さて、シュールの定義に戻る。

もう1回上の定義を読み返してもらえば分かるが、シュールというのは、要は分かりにくいボケのことである。2、3にある通り、フリもツッコミも弱いあるいは無いので、ボケを理解してもらうための補助手段は全く使われていない。他方で1の通りボケもベタではないので、ボケ単独での分かりやすさもない。徹底的にボケを分かってもらうための気配りを排除したボケのことを、シュールという(定義する)のである。

分かりにくいというのは、単純にマイナス要素である。ストレートに「分かりにくい」というと角が立つうえに宣伝もしにくいので、それを糊塗する形で何か意味のあるような形容をしたのが「シュール」という言葉である。そういう意味では、ここには一定のごまかしがある。「クビ」を「リストラ」と言い換えるようなものである。

以下、例を挙げる。

1.強いツッコミあり(非シュール)

A「最近は旅行とか行ってみたいね」

B「どこに行きたいんや」

A「アンケセメネマモモルドゥーンとかね」←ボケ

B「どこやそれ!!」←ツッコミ

2.強いフリあり(非シュール)

A「最近は旅行とか行ってみたいね。君は行ってみたいところある?」

B「僕は、今度オリンピックのあるソチとか行ってみたいなあ。君は?」←フリ

A「まあ墓地なら昨日も行きましたけどね」←ボケ

3.フリとツッコミの併用(非シュール)

A「最近は旅行とか行ってみたいね」

B「僕は一回オランダに行ってみたいと思ってるんですよね」←フリ

A「僕もベランダに出たいと思うことがあるよね」←ボケ

B「行けやいつでも」←ツッコミ

4.フリとツッコミなし、ボケがベタ(非シュール)

A「最近は旅行とか行ってみたいね」

B(眼鏡を頭に乗せて)「ところで俺の眼鏡知らん?」←ボケ

なおボケがベタかどうかは人によって感じ方に差があるので、この意味ではシュールというのも相対的な概念である。

5.フリなし、ツッコミ弱め、ボケがベタでない(シュール)

A「最近は旅行とか行ってみたいね」

B「僕はポコチン星雲に行ってみたいなあ」←ボケ

A「宇宙は大変やで……」←ツッコミ

フリとツッコミの強弱についてはあまりちゃんとした説明をしていなかったが、どちらにも量的な強弱と質的な強弱がある。質的な強弱は、ツッコミだと分かりやすいが、語気の強さなどから決まってくるものである。量的な強弱は、ボケが作出しているズレのいくつに対応しているかという話である。

ボケが作り出しているズレは、2つ以上の場合がある。上記5.の例だと、「僕はポコチン星雲に行ってみたいなあ」というBのボケには(カウントの仕方にもいろいろあるが)(1)宇宙旅行に行きたいという非現実的なことを行っている(2)ありもしない星雲に行きたいと言っている(3)星雲の名前が下ネタという3つのズレがある。これに逐一全部突っ込むと、「行けるかアホ! というかどこやそれ! そんな卑猥な名前の星雲があるかい!」となる。これは、最強のツッコミである。

上記の例における「宇宙は大変やで……」というツッコミは、(1)のズレにしか対応しておらず、また語気も弱いため、量的にも質的にも弱いツッコミとなる。

どの程度弱いツッコミであればシュールになるかというのも感じ方に個人差があるので、この意味でも「シュール」というのは相対的な概念である。

6.フリなし、ツッコミなし、ボケがベタでない(シュール)

A「最近は旅行とか行ってみたいね」

B「僕は消しゴムに行きたい」

A「………」

7.フリなし、ツッコミなし、ボケもベタでない(シュール)

B「僕は消しゴムに旅行に行きたい………」

7.は、6.よりシュールである。前述の通りシュールとはボケが分かりにくい状態のことであるが、7.の場合6.のAのような会話の相手もいないのに突如意味不明なことを行っているため、ボケの分かりにくさが6.より際立っているのである。

ちなみに6.は、本来ツッコミを入れるべきAがBのボケを無視しているという意味で「スカシ」とも呼ばれる技術である。少し複雑な話をすると、A.による無視は、「本来ツッコミを入れるべきAがツッコミを入れていない」というズレをも作出するものであるため、ボケにもなっている。これにBが「何とか言えや!」とツッコミを入れることもできる。そういう意味では。6.は分かりやすい笑いにもつながる可能性がある。

さて、シュールの利点とはなんだろうか。分かりにくいだけで特にメリットがないのではないだろうか。基本的にはその通りである。

ただ、世の中には少数派ながらシュールな笑いの方が好きだという人もいるので、その人たちには支持されるだろう。ここは単純に好みの問題である。

シュールな笑いは、世の中に溢れている多数派の笑いとは異なる種類の笑いであるため、アクセントにはなる。ただ、理解されない危険性とは常に背中合わせである。注意すべきは、お笑いに長く携わっている作り手(芸人・放送作家・バラエティのディレクターなど)ほど、巷間に氾濫する多数派の笑いに飽きており、シュールを好む傾向があるということである。

ただ一般の視聴者には理解されない危険性の方が高いので、自分が好きだからという理由だけでシュールをやることには慎重になった方がいい。それこそ、業界ウケで終わってしまう。

ちなみに、この定義でいくと、「ごっつ」のコントは「シュール」なものが多い。

「ごっつ」のコントで主にボケキャラを演じているのは松本人志だが、松本のあまり分かりやすくないボケに対してツッコめるのは立場的に浜田のみであるため、浜田が出ていないコントでは、ボケを受け止める役の演者(今田であることが多い)がツッコミを入れずにただ戸惑っているだけのことがまま見受けられる(浜田も、ツッコミを入れていないこともある)。

これは、明らかに一般ウケしづらい種類のコントだと筆者は考えているが、なぜ「ごっつ」のコントは今も支持が高いのだろうか。その支持の中身を分析すると、それこそ「業界ウケ」の類になるのではないかというのが今のところの筆者の仮説である。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。