<どっちが天才?>ベートーベンとモーツァルトはどちらが優れた作曲家なのか – 茂木健一郎


茂木健一郎[脳科学者]

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先日、日本モーツァルト協会でお話させていただいた。もちろん、聴衆はモーツァルトを愛する方々である。

当然、モーツァルトの美質をほめたたえる内容になった。いくつかの代表曲を紹介した。その後、理事長の三枝成彰さんがお話されたのだけれども、それがちょっとおもしろかったので、振り返ろうと思う。

三枝さんご自身作曲家だが、モーツァルトのシンフォニーを全曲最近聞いて、いいのはいいけど、つまらないのはつまらない、と思ったのだという。

「モーツァルトの曲の中には、職人的というか、藝術としてはつまらないものもある」

と三枝さんはおっしゃった。

「今日、茂木くんが紹介していたやつはいいやつばかりだったけど、それはたまたま名曲だ、というだけで」

と三枝さん。ここからが面白いところだ。

至高の名曲を何曲か残したからといって、全作品がいいわけではない、と三枝さん。そして、三枝さんは、モーツァルトとベートーベンを比較して、ベートーベンの方が藝術家としてはよい、と言い切った。

ベートーベンの方が、楽曲が自由というか、作家性がすぐれているというのである。「エロイカなんか、だーんといいでしょう」と三枝さんはおっしゃった。

モーツァルトか、ベートーベンか。

このような、浮世離れした話は、たいへんおもしろい。中学校の時、N先生が、ある日、授業の雑談で、いかにも重大な秘密を打ち明けるように、「君たち、作曲家と言えばベートーベンだと思っているでしょ。でもね、本当はね、モーツァルトの方が天才らしいよ」と言った。

その時、N先生は、明らかに興奮していた。モーツァルトか、ベートーベンか。このような論争は、芸術観に関わるだけに面白い。

N先生が興奮して言ったあたりからかどうかわからないけど、とりあえずモーツァルトを天才だと褒めておけば政治的に正しい、みたいな雰囲気が現れたことは確かである。

ベートーベンは時に重く、厚く、軽やかでのーてんきに見えるモーツァルトと対照的だ。時代がニューアカブームなどの明るい喧騒に向かう中、パラよりもスキゾのモーツァルトに天才のイメージがシフトしていったのかもしれない。

ベートーベンは時に重く、厚く、軽やかでのーてんきに見えるモーツァルトと対照的だ。時代がニューアカブームなどの明るい喧騒に向かう中、パラよりもスキゾのモーツァルトに天才のイメージがシフトしていったのかもしれない。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。