<NHK籾井会長の問題発言>「政府公式発表」以外を排除する傾向は報道機関としての危機


吉野嘉高[筑紫女学園大学・教授/元フジテレビ・プロデューサー]

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NHK会長の問題発言が波紋を呼んでいる。

今月20日、NHKの災害対策本部会議で籾井勝人会長は、原発関連の報道について、

「住民の不安をいたずらにかき立てないよう、公式発表をベースに伝えてほしい」

「いろいろある専門家の見解を伝えても、いたずらに不安をかき立てる」

などと指示していたと朝日新聞(2016/4/24・4/27)は伝えている。

この発言は事実上、

「原発に関する報道では、政府や原子力規制委員会の公式発表のみ伝えて、原発の安全性に疑問を投げかける専門家の意見は取り上げるな」

と部下に指示しているのと同じだ。

NHKは政府や原子力規制委員会の広報ではない。そんなわかりきったことをわざわざ確認しなくてはならないご時世になっていることに思い至り背筋が寒くなる。言うまでもなくNHKを含め報道機関は独自の批判的な視点から「公式発表」を点検するのも重要な使命だが、籾井会長はそんなことには考え及ばないらしい。

そもそも籾井会長がいう「不安をかき立てる情報」とは何なのか?

東日本大震災発生時の報道を振り返ってみよう。震災発生直後の放射性物質拡散予測システム「SPEEDI」のデータはまさに「不安をかき立てる情報」であった。当時の菅政権は福島原発の周辺住民がパニックになるのを恐れ、そのデータの隠ぺいに走ったとされる。結果、肝心の避難の際には全く活用されなかった。

【参考】「報道の自由」の低下は日本が発展途上国に戻りつつある証か?[茂木健一郎]

このほかにも核燃料が解け落ちるメルトダウンや汚染水の海への流出に関する情報は「不安をかき立てる」ため公表されず、発生後ずいぶん時間が経ってからニュースになっている。皮肉なことに「不安をかき立てる情報」を隠ぺいしたがる政府や東電の体質が明らかになればなるほど、逆に国民の不安は募っていったのだ。

当時のニュース報道の教訓を生かして、改めてNHKは原発に関する事実や様々な見解を隠さずにきちんと伝えてほしい。日本は地震大国。私たちはパニックに陥らずに現実に向き合えるだけのリテラシーと冷静さを持ち合わせているはずだ。

地震学の専門家からは川内原発周辺の活断層が大きく動く可能性が指摘されているし、一度停止するべきという意見もある。一方で、停止に反対する人にも隠された言い分があるだろう。政治的な駆け引きや日本経済への影響、再稼働を決めた人たちの面子・・・原発問題の背景には「公式発表」ではわからない事実がいくつもあるはずだ。九州に住んでいて今も時々余震を感じる筆者は、それらをすべて知っておきたい。

籾井会長は、彼なりの責任感や使命感から原発関連の情報に多様性をもたせたくないのであろうが、報道はなによりも「事実」を伝えることを優先するべきだろう。それによって人々の生命が救われることがあるかもしれない。NHKは、「事実」の伝達より「国益」を優先し大本営発表を続けた戦時中の報道機関のようになってはならない。

ネガティブに考えて、もしも籾井会長が指示した通りに「公式情報」以外の情報を排除する傾向がNHKに表れ始めているとしたら明らかに時代を逆走している。

報道機関としての緩やかな死へと向かっているのではないか。

 

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吉野嘉高

吉野嘉高(よしの・よしたか)広島県生まれ。1986年フジテレビ入社。情報番組、ニュース番組のディレクター、プロデューサーを歴任。2009年、フジテレビを退社。現在、筑紫女学園大学現代社会学部教授。著書に「フジテレビはなぜ凋落したのか」(新潮社)など。